このページはPI-Forumとして活動していた頃のウェブサイトをアーカイブしたものです。

現在、同法人は democracy design lab. と名称を変更し活動しております。

Home | 組織情報 | 活動情報 | サイト検索 | 連絡先 | ENGLISH

[ 異分野PI交流ワークショップインデックスに戻る ]

異分野PI交流ワークショップ:

第4回:東京工業大学大学院 桑子敏雄教授「合意形成とアカウンタビリティ」

桑子先生は、環境哲学への御関心から、西洋哲学、中国哲学、 日本哲学を環境と人間との関係の観点から研究され、『環境の哲学 ―日本の思想を現代に活かす―』(講談社学術文庫、1999年)とし てまとめられました。さらに、日本の文化が培った自然観、人間 観を実際の環境政策・国土政策に生かすための提言をされており、 また、2001年7月に現場のコンサルタントや民間の研究所の方々 と一緒に合意形成の在り方を考える「合意形成プロセス研究会」 を立ち上げられ、NPO化の準備を進めているそうです。日本に ふさわしい合意形成プロセスを構築するために、日本の現場の経 験に基づいた理論化を行っていきたいとおっしゃっていました。 今回は、主に河川事業に関わられてきたご経験から、公共事業に 関する合意形成において考慮すべき観点についてお話いただきま した。以下、その要約です。

● 公共事業のアカウンタビリティ

これまでの公共事業では、合意形成プロセスの重要性に対する 認識が欠如していた。「寝耳に水」、「ボタンの掛け違い」、「藪 の中」、「蚊帳の外」、「水掛け論」、「平行線」、「振り出しに 戻る」、「蒸し返し」、「横やり」、「揚げ足とり」、「なしくず し」、「まるめこみ」、「天の声」、「鶴の一声」など、合意形成 プロセスに対する配慮の欠如から生まれたことばは枚挙にいとまが ない。そこには、信頼の欠如、相互不信があり、合意形成の手続き に対するもっとも重篤な阻害要因となっていた。信頼を構築するた めには、多くの努力とコストがかかる。このような合意形成プロセ スの重要性に対する認識の欠如のために、これまでの公共事業では 膨大な国費が浪費され、国民の大きな損失となってきた(例:成田 空港、吉野川河口堰)。しかし、国土交通省においても、1997年 河川法改正で「環境への配慮」、「住民意見の尊重」というわずか な文言を加えるのと前後して、認識が大きく変わりつつある。

信頼構築のためには、まず、アカウンタビリティが重要となる。 そこで、公共事業のアカウンタビリティに関する6つの提案を行 いたい。(1)アカウンタビリティを社会的合意形成プロセスの中に 位置づけるべきである。(2)アカウンタビリティは単なるディスク ロージャーではない。「行為および事業についての内容を適切に説 明したうえで、実行の責任を負うべきこと」と理解すべきである。 (3)説明の相手(一般国民、直接影響を受ける地域住民、各種非営 利団体、関係企業、行政内部など)に応じて、多様な説明の展開 の必要性がある。納税者に対する説明も不可欠である。(4)ニーズ に対する深い次元での把握を行うべきである。(5)社会的合意形成 の前提として行政内部での合意形成が重要であるが、その前提と して行政内部の意思決定プロセス、意思決定の権限を明確化すべ きである。(6)アカウンタビリティの実現方式についての研究開発 の必要がある。

● ニーズに対する深い次元での把握−感性・空間の履歴・場

合意形成の前提としては、ニーズ、すなわち、説明する相手の 様々な価値観を掘り起こす必要がある。そのためには、どのよう に考えたらよいのだろうか。その際、鍵となる視点として感性、 空間の履歴、場がある。

感性:河川事業においては、コンセプトやデザインから施設が 造られることが多い(留萌川:「親水空間」のコンセプトの下に、 全面コンクリート張りで人が水際まで階段で降りられるようにし た例)が、河川に対する価値意識を把握するには、コンセプトを 越えて、河川という風景の向こう側にあるものを「感性」によっ て捉えることが重要である。「感性」の観点からは、植物や生物を 考慮した空間、遊び場としての空間に価値がある(例:佐賀県城原 川)。

空間の履歴:「空間の履歴」とは、ものと人間との空間的関連性 (配置)が時間的経緯を経て積み重なったものであり、人間は空間 の履歴を介して、過去と未来に関わることができる。例えば、茨 城県行方郡潮来町徳島水神社や城原川三千石堰・草堰においては このような履歴が風景を作り出している。「感性」とは、配置と履 歴を捉える能力であるともいえる。

場(空間は同時に「場」でもある):「場」とは、行為や意識によっ て意味・文脈・機能を与えられた空間(遊びの場、憩いの場、学び の場・・・)をいう。そして、「風土」とは、「空間の履歴」と「場」 の概念から理解できるものであり、自然と人間の相互作用という 出来事の履歴を積み重ねることで、現在を生きる人間にとって多 様で複雑な「場」としての意味をもつにいたった空間をいう。

空間に対するニーズ・価値観を把握するには、このような空間 の履歴や場といった視点が重要である。その際、「現場に立って全 体を見る」こと、すなわち、人々の活動の持つ意味、文脈、機能 を捉え、風景の向こうにあって見えないものを見ること、積み重 ねられた空間の履歴に目を向けること、その空間がどのような場 として機能してきたかを探り出すこと、風土に刻まれた空間と人 間の関係性全体を捉えることが大切である。

他方、事業には、「場を活かす事業」と「場を消滅させる事業」 がある。現在の公共事業の問題点は、これらの視点や失われてし まうものの価値について議論がなされていないこと、そもそも議 論がなされるシステムがないことにある。

● 市民参加と合意形成(地域づくりの根幹)

「空間の履歴」を知り「感性」を生かした地域づくりのために、 @まず風土の中でどのような場が機能しているのかをその空間に かかわる全ての人々から探り出し、人々が空間との豊かな関係性 を結ぶことができるように空間のあり方のビジョンをつくること、 Aビジョンを実現するためのプロセスを具体化すること、ビジョ ンづくりとプロセスの具体化についての合意形成を行うことが必 要である。

そして、地域の風土性に関わる全ての人、風土性の変化によっ て影響を受ける全ての人にとって、空間がどのような場として機 能してきたかを掘り起こす作業を行うには、関係する人々の参加 が必要となる。さらに、ビジョンを具体化するプロセスにおいて は、プロセスについての合意形成においてはが必要となる。その 際、「場」を実現するための空間的装置の設計や施工について、専 門家の意見(法律など)を考慮しながら、その装置によって本当 に実現しうるかどうかについても明らかにすることも必要である。

●−ワークショップ参加者との議論から−

今回のワークショップでは、アカウンタビリティの捉え方、事 業の評価の観点、空間の履歴という視点について活発な議論がな された。

第1に、アカウンタビリティについては、委任者に対する非委 任者のアカウンタビリティという元々意味との異同、いわゆる「説 明責任」との異同について議論された。桑子教授は、問題になっ ているアカウンタビリティが公共事業にかかわるアカウンタビリ ティであることを踏まえた上で、アカウンタビリティとは単に説 明をするだけでなく実行責任が伴うこと、説明の相手方(事業に より影響を受ける人、関心を持つ人、利害関係者、その他納税者 等)それぞれに応じた差異のある説明が必要であることを強調さ れた。

第2に、事業の成功をいかに評価するかについて議論された。 桑子教授の観点からは「空間の履歴」や「場」に対する感性に基 づく評価が重要になるのであるが、その指標が未開発である点か らも難しいという点が強調された(CVMといった評価手法につ いてはやや消極的なコメントもなされた)。参加者からは、信頼感 が相対的に挙がれば成功といえると思うが、その場合必ずしも事 業そのものの成功とはいえないという指摘があった。他方、確か に、経済効率性に相対しうる場や空間の観点からの指標は未開発 であるが、自己利益最大化に基づかないNPOの活動が活発化して いる現状を見ると、経済性中心ではない社会のあり方を見ざるを 得なくなっていることは確かであり、非経済的な指標をどう考え るかに関するヒントが少しずつ出てきていることは言えるとの意 見も桑子教授によって示された。

第3に、具体的に日本の空間の履歴について、60年代に大きな ギャップ、景観の激変があったこと、70年代〜80年代のニュータ ウンでは、もともとあった空間の履歴が配慮されず造成された場 合が多かったこと(履歴を抹消した空間)が桑子教授に指摘され た。討議のなかでは、この激変を体験した世代とニュータウンで 育った世代との認識のギャップも垣間見られた。また、同じ若い 世代でもどのような地域において育ったかにによって相当認識が 異なるとの指摘も行われた。


○ 主催者所見 (副理事長 城山英明)

今回のワークショップにおいても、様々なニーズ、価値観を把 握することの重要性が指摘されました。合意形成の前提としてニ ーズが幅広く認識されないと、形成された「合意」は表面的な皮 相な合意になってしまうわけです。そして、参加は、合意形成の 基礎となるこのような様々なニーズ、価値観を把握するために必 要なプロセスであるわけです。

今回の桑子教授のお話の最も革新的な点は、このようなプロセ スを具体的にお話いただいたというよりも、プロセスを通して探 索する対象である河川等の環境にかかわる重要なニーズを、「空間 の履歴」として明示的に言葉にして示していただいた点にあるよ うに思います。環境価値というものは、しばしばモノとしての自 然に限定されますが、そうではなく、人間とモノとの相互作用が 時間的に折り重なったものである「空間の履歴」と把握すること によって初めてニーズを適切に明示化することができるわけです。 この視点をさらに応用すると、金銭の価値もその購買力ではなく、 金銭を残すにいたった取引・相続等様々な人間関係の「履歴」と して捉えることができるかもしれません。

そして、次なる課題は、このようにして把握された様々なニー ズ、価値観をどのようにバランスをとって集約し、合意形成とい う集合的判断を行うかということです。この点に関する知見は未 発達な段階です。「空間の履歴」への評価には様々な「個人の思い」 が影響してくるのであり、これらの評価の集約は容易ではありま せん。桑子教授もおっしゃるように、すべてを一次元的に金銭評 価するCVM(仮想評価法:例えば富士山の価値を各人が富士山 の価値に対して払うと答えた金額の総計として把握する)が解答 になっているとは思われません。また、ワークショップでも議論 されたように、「空間の履歴」の価値といわゆる経済的価値をどう バランスさせるのかも困難な問題です。

また、桑子教授の試みの興味深い点は、「寝耳に水」、「ボタ ンの掛け違い」、「藪の中」、「蚊帳の外」、「水掛け論」、 「平行線」、「振り出しに戻る」、「蒸し返し」、「横やり」、 「揚げ足とり」、「なしくずし」、「まるめこみ」、「天の声」、 「鶴の一声」などの言葉の発掘にも見られるように、日本のこれ までの蓄積の中に合意形成プロセスに関する知恵を発見されよう としている点です。この姿勢は、PIという横文字を基点として、 同じく合意形成プロセスを考えていこうとしているPIフォーラ ムにとっても注意すべき点であるように思われます。少なくとも 単に「外国」の制度を輸入するのではなく、グローバルに広がる 様々な現場における実践を集約していくような姿勢が求められる のだと思います。
 

[ 異分野PI交流ワークショップインデックスに戻る ]