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第1回:(株)三菱総合研究所[当時] 松浦正浩氏

「MIT-CBIにおける人材育成Program」

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松浦氏は,マサチューセッツ工科大学(MIT)都市計画学科の修士課程にて交渉学を修められ,その後米国合意形成研究所(CBI)にてアソシエート,帰国後(株)三菱総合研究所にて研究員としてご活躍されました.2002年9月よりマサチューセッツ工科大学のPh.D.課程、またCBIの上級コンサルタントとして,合意形成に関する研究と実践をさらに進められるとのことです.

本ワークショップでは,米国でのご経験を踏まえ,メディエーターなどプロの第三者を養成する人材育成プログラムについてお話頂きました.

以下,そのお話の要約です.

MITとCBIでの経験に基づき,合意形成に関する人材育成プログラムを紹介する.人材育成に利用される素材としては,「講義」と「シミュレーション」の2種類がある.今回は,日本ではまだ普及途上にある「シミュレーション」について説明し,これまで氏が地方自治体の研修等で利用してきた「交渉シミュレーション」を実践してみる.米国では合意形成に関する人材育成を行う場として,主に「大学院教育」,「セミナー」,「On the Job Training (OJT)」の3パターンがある.今回は,「大学院教育」と「セミナー」を中心に紹介する.

●人材育成のための「交渉シミュレーション」

「交渉シミュレーション」とは,ある仮想的に設定した課題に対し,参加者が会社員,デベロッパー,環境団体代表,市長,行政職員などテーマに応じた役(Role)になりきり,交渉を通じてその課題を解決していく教育ツールである.課題としては,民間の契約交渉,立地選定,総合計画など幅広く存在する.1シミュレーションは,2−10名程度からなる複数のグループを構成した上で,同じ課題を各グループに与えて実施する.その後,グループ間で交渉結果の相違を比較しながら参加者でディスカッションを行う(これをデブリーフィングと呼ぶ).所要時間は1.5〜3時間程度のものが多い.

交渉シミュレーションの手順としては,まず,講師が各参加者に対し個別具体的な指示書(instruction sheets)を配布する.例えば,「ある森林の開発事業」に関するシミュレーションであれば,「環境団体代表」に「森を守る」ことが指示され,「市長」に「選挙が間近に控えているため市民の反対をかわないようにする」ことが指示されるといったように現実的な役割設定となっている.つぎに,各参加者は与えられた役割の指示を最大限達成すべく交渉する. 交渉の合意は事前に用意された複数の要素で構成され,各参加者は指示書に示された各要素の選択肢から組み合わせて合意のパッケージをうみだす.各選択肢には点数が付されており,合意に達した際,全要素の合計点が各参加者の得点となる.例えば,最終的に「ある森の開発を行う」という合意が形成されたとき,「環境保護派」には「0点」,「市長」には「5点」が与えられるということになる.最後に講師を中心とし,各グループの特徴や戦略を一覧表にして比較したり,交渉内容とその理由を問うたりするデブリーフィングが行われる.点数の高い低いはシミュレーションでは大きな問題ではなく,むしろこのデブリーフィングから何を知見として得るかが重要視されている.

●交渉シミュレーションキット

これらのシミュレーションは,既製品が多数販売されており,例えばインターネット上の「ハーバード大学交渉プログラム(Programon Negotiation:PON)」でも,シミュレーションキット,教科書,ビデオテープなどが購入できる.
http://www.pon.org/

ロールプレイングシミュレーションは,150種類以上ものキットが紹介されている.各シミュレーションには目的が設定されており,例えば,Harborcoという大深度の港湾建設立地を巡るシミュレーションでは,交渉のスタイルを分析し,プロセスに関する認識を高めることが目的となっている.授業でもこの既成品を使用し,PONに課金される仕組みとなっている.金額は,指示書1枚が2,3ドルである.これまで自分は30回以上のシミュレーションの授業を受けた. 既成シミュレーションが扱うテーマとしては,「契約交渉」,「商事トラブル」,「国際交渉」,「公共政策」,「環境規制の設定」,「立地選定」,「労働問題」がある.また,PONでは授業のシラバスも販売され,教員向けのサポートが整っている.

●パレート限界を学ぶ「ごみ掃除当番ゲーム」の実践

説明を聞くよりも体験するの方が理解しやすいとのことから,松浦氏が独自開発したシミュレーション「ごみ掃除当番ゲーム」を参加者全員が体験した.これは,県職員などを対象とした研修プログラムで利用し,「体験型でおもしろかった」などの評価が得られているとのことである.

この「ごみ掃除当番ゲーム」は一対一交渉の基本練習である.イシューは,隣あう2軒(鈴木さん,佐藤さん)の自宅前の「ゴミ回収場所の掃除(4回/週)」と「公園の掃除(5回/月)」の2つが設定されている.このとき,指示書にある掃除の回数に応じた得点を考慮しながら交渉し,お互い何回ずつ掃除を行うかを決定する.ルールとしては,
 (1)説明書きは相手に見せない,
 (2)決裂した場合ごみがあふれるため0点,
 (3)純粋に点数の高いほうが勝者,
 (4)点数以外は何を話し合っても良いなどがある.
合意に達した際の得点の組み合わせは,「これ以上合意のパッケージを改善しようがない」状態を示すパレート限界内に分布する.参加者は,このゲームを通じて,得点の組み合わせをお互いにとって最良の状態であるパレート限界に近づけるためには,交渉の過程で何らかの合意に達したとしてもそれに満足せず,より良い合意条件を探り続けることが重要であること,相手はよりよい条件を求めてくるため,最初のオファーにはとくに気を配る必要があること, 等を学ぶのである.

●「大学院教育」における人材育成プログラム

合意形成に関する人材育成プログラムは,マネジメントスクールが提供するMBA(経営学修士号)コースでは必須に近く,都市計画系の学校でも多くの学校で授業が提供されている.渡米先のMITDepartment of Urban Studies and Planningでも授業が開講されており,例えば,L. Susskind教授により授業番号11.255の「Bargaining,Negotiation and Dispute Resolution in the Public Sector(公共機関における取引,交渉,紛争処理)」が行われている.この授業は,講義とシミュレーションを交互に繰り返すフォーマットで行われる.

講義の内容は,理論,事例分析の紹介とディスカッションが中心で,成績の評価は定期的に提出するレポートと最終の筆記試験で行われる.1学期(3.5ヶ月)の間,1回2時間の授業が週2日行われる.受講者数は30名程度である.授業はシミュレーションを交えながら,段階を経て理解を深めていくものであり,ほぼ全ての授業に出席しないと“A”判定を得ることは難しい.他の授業では成績の評価を,レポート,筆記試験,小論文,グループで一つのレポート提出など,様々なパターンで行っている.

また,11.255の授業のシラバスは,次のように構成されている.
 (1)イントロダクション,
 (2)交渉の理論(統合的交渉),
 (3)多数の関係者による交渉,
 (4)コンフリクト・アセスメント,
 (5)メディエーション・ファシリテーション,
 (6)メディエーターの役割,
 (7)交渉における性・文化の影響,
 (8)力の非均衡がある状況での交渉,
 (9)プロセスデザイン,
 (10)質問の仕方,
 (11)価値観に基づく対立.
とくに,「(7)交渉における女性・文化の影響」では,女性や特定の人種が交渉において弱い立場になる例をビデオで紹介後,その可能性や対応策などを議論する.また,インディアンの居留地における「われわれ固有の土地で,いかなる開発も許せない」とか逆に「好きなように開発させろ」といった価値観に基づく対立問題についてもディスカッションの対象となる.

●「セミナー」を利用した人材育成

行政職員,会社役員(とくにエネルギー関係)等を対象とした1日から数日のセミナーも多数開催されている.これは,セミナー会社,教育機関,NPOなどが課金のうえ提供しているものが多く,価格は数百ドル〜数千ドルである.一例として,「Dealing With an AngryPublic」では,民間企業が顧客,関連市民団体と上手につきあっていくための方法を,2日間のプログラム($1,950)で提供している.

このプログラムは,講義とシミュレーションをつぎのように交互に行っている.
 (1)講義:これまでの対顧客アプローチの問題点,
 (2)講義:新しい対顧客アプローチ,
 (3)シミュレーション(テーマ:新技術導入に伴うリスク),
 (4)講義:価値観に基づく対立,
 (5)講義:メディアへの対応.
また教育機関の組織態様の例として,PONでは,交渉学をテーマにMIT,Harvard,Tuftsの諸学部と連携し,セミナー・講義を提供している.MITでは,都市計画学科(DUSP),マネジメントスクール(Sloan)などで講義を提供している.

●今後のわが国における人材育成プログラムの可能性

土木教育の視点でいえば,次の3点のことが考えられる.
(1)国内教育者が年数回開催されているMIT等によるセミナーを受講し,国内の授業で同様のフォーマットを活用する.
(2)海外教育者を招聘し国内でセミナーを実践(CBIからも派遣可能),
 (3)海外教育者の長期招聘(交換プログラム)
などが考えられる. 日本で人材育成プログラムを実施する場合,$15,000で一人の講師を派遣し米国のフォーマットでセミナーを開催することが可能,$50,000もあれば日本の実状に合わせた特別なプログラムが提供できるのではないかと思われる.

また,土木工学科以外では,マネジメントスクール(経済学部・法学部)などとの連携による交渉学プログラムの展開が考えられる.また,学科内では,Construction Management(建設マネジメント)と合意形成の連携による交渉学プログラムの展開などが考えられる.

●ワークショップ参加者との議論から

・「交渉シミュレーション」と聞くと,「シムシティー」のようなパソコン上でのシミュレーションをイメージさせるが,人材育成を目的とした「交渉シミュレーション」は,結果よりもむしろ,その過程を重視する.また,「交渉シミュレーション」は点数を競うものではなく,最初に学ばせたいテーマがあり,それを体験されるために参加させるものである. したがって,シミュレーションを構築する場合,あらかじめ狙いを決めておき,それをシミュレーションへの参加を通じて学ばせるための仕組みを組み込んでおく.どうやってこの仕組みを設定するかについては,シミュレーションを構築する過程でインターンの学生が教官から直接教わるものと思われる.

・「根回し」のような日本型の交渉は米国で評価されており,実際に英語でnemawashiという言葉になっている.ある文献には日本人は「交渉柔術」が一番長けているとあった.柔術というのは,攻撃に対してどのようにかわすかが重要とされ,直接的な対立を避けるという特徴から名づけられたようだ.旧来の典型的なアメリカ式なやり方では, 役場や上司が突然命令や通達を出すため実際の運用段階でうまくいかないことも多いが,日本の場合は「根回し」によりあいまいな状況でも事前に情報を入手し調整するためスムーズに運用されることが多い.その意味では,アメリカはオープンだが非効率といえる.最近ではアメリカでも環境関係の規制を決定する際「根回し」をオープンで行っているとのことである.

・ステークホルダー分析では,地元と関係の薄い外部のステークホルダーの特定が難しいことがある.また,社会的コミュニケーションの実施可能な量に限界があるため,「根回し」できない人に対してどうするかが一番悩ましい問題である.さらに,反対の立場の人が今の状態を保とうとするのであれば,そもそも交渉に参加しないという戦略をとった方が得をすることが多い. 実際,アメリカでもステークホルダーの特定に関しては,授業を聞いているだけではその方法を理解できるというわけではないという.交渉相手はどこか,関心層はどこか,誰と話をするのか,誰が反対の中心かなどについては,アメリカの場合は市民団体などが組織されることが多いため特定しやすいが,日本の場合は比較的特定が難しいかもしれない.

〔文責:土木技術者のための合意形成技術の教育方法に関する研究会 開催支援事業担当:水谷香織/石川雄章〕

<主催者所見> (徳島大学 山中英生)

本ワークショップは土木学会四国支部での研究委員会の活動の一環としてPI-FORUMの協力で開催したものです.この研究委員会は,工学系技術者が多くの合意形成に携わるようになり,論理性や社会的合理性に基づいたコミュニケーション力を教育する必要性を感じて始めたものです.研究会主催者の役として山中がとりまとめを書くことになりました. 松浦氏には「交渉学」を基礎としたMITでの教育の実情を詳しくお話ししてもらいました.議論は「交渉学」が我が国で使えるかに集中してしまいましたが,「交渉結果がパレート最適になるよう互いに努力しなければならない」という指摘にも見られるように,交渉学は相手を言い負かすための「術」でなく, 社会的な使命を描くことが教育を考える上でも重要な視点と感じます.教育方法についても,体系的なシラバスやツールが開発されており,それを活用できそうだという提案でしたが,実際の教育を進める上では,実務者教育か学生教育なのか,期間は,問題の対象は,教員確保は,などを整理して多様なプログラムを開発していく必要があります. 今後1年は幅広く情報を集め,来年度以降はターゲットを絞って実験や実践へと展開したいと思っておりますので,ご興味のある方はぜひ協力ください.


 

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