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第4回:(財)計量計画研究所都市政策研究室長 矢嶋宏光氏
「米国におけるPI実務者育成プログラム」
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(財)計量計画研究所都市政策研究室長の矢嶋宏光氏は,PI(パブリ ックインボルブメント)の海外理論・実践の研究とともに,国内の 道路計画・事業におけるPI実務にも様々に関わっておられます.本
研究会では,先ず,米国のPI実務者育成プログラムのエッセンスと して,公共政策でのPIの考え方についてご報告いただきましたが, あわせて,米国で広く採用されている参加型学習法を実際に行い,
参加者はこれを模擬体験する機会を得ました.
1.パブリックインボルブメント(PI)とは
●PIの感覚的理解
河川,ダム,道路,空港などのインフラ系公共事業では各地で様々 な紛争が生じているが,BSE,薬害エイズ,遺伝子組み換え食品な どの公共政策においても,政策立案主体と,国民,市民との間の深
い溝があることが,国民の意識のなかで顕在化しつつあるのではな いか.「パブリック(P)」は「市民+企業(主体以外の個人・団 体)」,「インボルブメント(I)」は「関与」を意味する言葉であ
り,この溝を埋めるものだ.PIは,紛争を未然に予防する立場から の考え方であり,一義的には合意を形成する方法ではない.政策立 案に関わる紛争を予防するために,予め国民・市民の事情や価値観
を織り込む政策立案プロセスの一形態ということができる.参加型 政策立案プロセスは,その手順と体制と参加手法に特徴がある.未 だに,PIをワークショップなどの参加手法に限って理解したり,
一部には,行政主導の決定を行うための方法論との誤解もあるが, このような理解不足を解消することもPI実務者育成プログラムの重 要な目的である.
●市民関与のレベル
市民関与の深さは,単に情報を提供されるだけのものから,市民 が直接決定権を持つものまであり得る.最近では米国に本拠地を持 つ国際NGOのIAP2(International
Association of Public Participation)が,情報提供/協議/関与/協働/権限付与の5段階 に分類して整理している.高速道路などの公共政策で考え得るPIは,
判断すべき内容によって異なるものの,概ね,この分類のうち, 協議/関与/協働のレベルだと考えられる.
○情報提供(inform)
・・・解決法や課題の理解を助ける情報を市民に供与
○協議(consult)
・・・市民からの反応を得て,それを分析や解決法および,意思決 定に活かすこと
◎関与(involve)
・・・プロセスを通じて直接市民に働きかけ,課題への一貫した 理解と配慮を担保すること
○協働(collaborate)
・・・計画立案から意思決定までの過程に,市民がパートナーと して関わること
○権限付与(empower)
・・・市民の手で意思決定まですること
2.コミュニケーション理論
●PIの根幹をなすコミュニケーションの理論と技術
PIで用いられる方法論や考え方は,米国で発達した交渉学に端を発 する.交渉学は70年代の司法改革の取り組みのひとつとして発展 したものであり,その研究過程では世界の様々な文化での交渉方法
や理論が参考にされ,日本の労使交渉も重要な研究対象であったと 言われている.
●Win-Win Situationと「利害・関心への着目」
交渉学では1つのオレンジを2人が取り合う交渉のたとえ話がし ばしば登場するが,両者が満足する交渉結果が導きだされた状況を Win-Win Situationという.Win-Winを達成するためには,表明さ
れた「立場」(position)と「利害・関心」(interest)を区別し,よ り本質の「利害・関心」(ニーズ)を探り出すことで,「AとBとが
対峙する構図」を「共通の問題(issue)を協働で対処する構図」に構 成し直す必要がある.
例えば,市街地内の高速道路建設では,市民と行政の対峙の構図 が容易に連想できるが,市民の「反対」意見に対し,行政側は高速 道路そのものが「反対」されているのだと考えがちである.しかし,
「反対」はその人の「表明された立場」にすぎず,実際は,単に「行 政の対応が気に入らない」,「環境問題が心配である」,「高速道路の 色が気に入らない」ということだけなのかもしれない.市民の発す
る言葉を文字どおりには受け取るのではなく,何が本当の「利害・関 心」なのかを明らかにする必要がある.その中でも,特に「プロセス 上の利害・関心」が重要であるとともに忘れられがちである.この
ことは,しばしば新聞の見出しを飾る「一方的」,「住民を無視」, 「不透明」,「寝耳に水」などの言葉に現れている.
PIを通じた政策や計画の立案プロセスは,プロセスを通じて市民 との対話に努め,対話の中からより本質的な利害・関心を探り,こ れを政策や計画の計画情報として用いるということである.政策や
計画における影響評価手続として捉えることができよう.
3.コミュニケーションの技術
●PIツール
PIで用いられる手法は場面によって異なるが,米国では様々な場 面を想定したマニュアルとして,多様な手法が整理されている.代 表的なものをいくつか紹介する.
【オープンハウス】
「オープンハウス」は最も代表的なPIツールのひとつである.こ こではアリゾナ州のファニックスのLRT(路面電車)計画でのオー プンハウスの事例を紹介する.計画の初期段階の情報提供を主たる
目的として,図書館など地域の公共施設を借りて行われた.会場に はプロジェクトのスケジュールや目的などのパネルを展示している. また,ここでは,来訪した市民にアンケートをしている.関連する
情報を持ち帰ることができるようにも配慮している.
日本の高速道路の事業では,オープンハウスの実施例はまだ少な いが,先日,山形県で計画されている地域高規格道路の事業で行わ れたので,その事例を紹介する.ここでは,地域懇談会の2時間ほ
ど前にパネル展示し,情報提供を図っている.
【シールをつかったインプット手法】
米国フロリダ州プンタゴーラで実施された例であるが,口述型で ない意見把握の方法を紹介する.地域の市民が集まるショッピング センター内に展示したパネルに,案件となっている政策の「影響」
がリストアップされ,これを見た来訪者の関心や懸念を問うもので ある.来訪者はシールを受取り,受け入れるべき,あるいは,最小 限にとどめるべき「影響」にシールを貼ることで,自らの価値観を
示すのである.また,この方法では,シールの貼られている状況を 見ることで,他の市民の意識を理解することにも役立つ.米国にお いても,大勢のなかで発言することに躊躇する人は少なくなく,こ
うした方法が編み出された.
【ワークショップを通じた価値観の把握】
これもフロリダ州の事例であるが,交通整備の予算配分について, ワークショップでの作業を通じて,価値観を把握しようとした例で ある.参加者はグループに別れて,地域の歩道整備,および舗装の
優先箇所を図面上に表示する.共通して指摘された区間は,ワーク ショップ参加者以外にとっても,優先路線である可能亭が高い.優 先箇所を特定するための判断材料を得る一種のマーケティング手法
である.日本では,ワークショップが実際の計画案の作成を目的と して用いられることが多く,参加者の代表性や技術的水準の問題か ら,成果の取り扱いをめぐって問題が生じる例もあるが,必要なこ
とは,「表明された立場」である「計画案」を得ることではなく, 計画に対する「関心や懸念」の抽出であることをよく示した例であ るといえる.
●ファシリテーション
とはいえ,PIを進める上では,会議を通じて口頭で対話すること が多くなる.ファシリテーションは,こうした会議を有意義なもの とするために不可欠である.ファシリテーションの役割は,会議の
場を仕切ることとだけではなく,一連の会議そのものの企画,管理, 運営まで含むものである.ファシリテーターは,中立的に会議を運 営することが求められる.中立性を保つため,ファシリテーターは
議論の内容には入り込まず,会議の運営についてのみ関与するよう 努めている.ちょうどサッカーの審判が勝敗に関わらないのと同じ である.事前に合意された会議のルールに沿って,合意された会議
の成果に円滑にたどり着くよう,会議を運営する.
●「再構築(reframing)」
発言者の発言の内容の整理も,ファシリテーターの重要な役割で ある.紛糾しそうな案件に関する会議では,参加する行政も市民も, 感情的な発言をしやすく,自らの「立場」を最大限主張しあおうと
するものである.コミュニケーションの理論のなかで紹介したよう に,「立場」のぶつかり合いではお互いに良い成果は見出しにくく, このため,発言のなかから,「利害・関心」を見つけだすことが必要
である.ファシリテーターは,発言の内容を関心にもとづく表現に 置き換え,それを発言者に確認する作業を行いながら,「関心」と「関 心」で議論ができるように,議論をファシリテート(促進)するの
である.
4.演習
PIの考え方や方法論を知ると同時に,2セットの演習が実施され た.自ら問題に直面することで,自分の頭で考え,議論を通じて疑 問を解消することになるため,聞くだけの講義に比べ,格段に深い
理解が期待できる.
●演習1「ステークホルダー分析」
「ゆとり教育政策」を題材に,関係者の想定とその「利害・関心」 を探るグループ演習を行った.『ゆとり教育』は,小中学校での総合 的な学習を重視する教育として,戦後につぐ教育政策の大転換とも
いわれるが,数学・国語などの教科教育を減らすため,その評価は 様々に分かれている.
演習では,先ず,グループごとに別れ,それぞれ関係者を挙げ,そ の「利害・関心」を予想し書き出す作業を行った.つぎに,代表的 な関係者を選んだ上,各グループに割り振り,「表明される立場」と
その「利害・関心」を発表した.代表的な関係者として,現場の先 生,教育産業の関係者などが選ばれ,反対や賛成といった「立場」 とその裏にある「利害・関心」について,グループごとの議論の成
果が発表された.参加者は,「表明される立場」と「利害・関心」を 分けて考えることの難しさを体験したが,特に今回の演習では,「プ ロセス上の利害・関心」がほとんど抽出されず.そこに注意が及び
にくいことについても学ぶことになった.
●演習2「再構築」
予め市民からの感情的発言の例がいくつか用意され,その対応を グループごとに考え,「対話」を模擬実験した.感情的,かつ暴力的 な言葉のなかから,「立場」と「利害・関心」を読み解き,発言を
「再構築」して,その内容でよいか,発言者に確認する演習であり, 緊張感のあふれる「対話」が繰り広げられた.自己防衛的なスタンス からの対応を避け,発言者の価値観をくみ取ることの難しさを体で
体験できた.
5.質疑
●実際のPIファシリテータ育成プログラムと今回との違いは?
今回の研究会では,3日間のトレーニングプログラムを3時間に 凝縮している.3日間のプログラムでは,各パートが奥深くなり演 習の時間も長い.内容としては,他にPIツールの設計などがある.
●ファシリテーター・トレーニングの対象者は?
ファシリテーションは,まちづくりや,民間企業内の会議など, 広範な場面で必要な技術である.米国では,公共政策でのニーズよ り,民間企業の運営改善上のニーズやトレーニング実績が多いよう
だ.日本の公共政策分野では,現段階においては,まずファシリテ ーターを委託する行政職員の方が,その重要性や意味を理解する必 要があるため,行政職員を対象とする研修を主眼に考えている.既
にまちづくりの分野には,高いスキルを身につけている方が多く, こうした方々がPIを十分理解して参入することを前提にしたほうが よいだろう.
●サイレントマジョリティーへの対策は?
オープンハウスを訪れるような市民は,比較的その問題に関心を 持っている人と思われるが,実際には問題に関心が無い人をどのよ うに関わらせるかが重要だ.イベントや配布物はもとより,様々な
マーケティング手法を組合せて対応する必要があり,米国でもそれ が実態のようである.
●市民主導で発足した会議をどう扱うべきか?
市民主導型の会議であっても,計画に関わる内容ならば,排除す る必要はなく,むしろ,わざわざ情報を整理してくれたことに敬意 をはらうくらいのスタンスが必要だと思う.
●ファシリテータはその内容についての専門技術を持っているべき ではないか?
紛糾しそうな会議では,参加者の一方に加担するような立場では, 中立性は担保されないだろう.しかし,終盤では,落としどころを 見極めることが必要となる場合もあり,ファシリテーターチームに
技術専門家が入っているほうが,フィージブルな結論を導く上でベ ターという意見もある.
●市民からの非難に対し行政は謝るべきか?
何らか悪いことをしたのなら謝るということではないか.市民と の小さな約束を一つひとつ守り続けることで信頼が構築される.約 束を守れなかったら,何らかの埋め合わせは必要なのではないか.
〔文責:土木技術者のための合意形成技術の教育方法に関する研究会 開催支援事業担当:水谷香織/石川雄章〕
6.主催者所見
徳島大学 山中英生
第4回は,米国におけるパブリック・インボルブメントの「心得」 と「基礎技術」の講習を矢嶋氏に実施していただいた.これも,第 1回で松浦氏から紹介された「利害・関心に着目した交渉学」を理
論ベースとした実践トレーニングの内容である.最後の意見は,教 育プログラム開発に向けて,改善事項などを書き留めるため,やや 些少なことを述べておきたい.(いづれも実際の長時間トレーニン
グでは実現できていることかもしれない.)
利害・関心に着目することの意味の講義を受けた後,利害・関心 を実利,プロセス,心理に分解分析する講習を「ゆとり教育」を題 材に行った.ただし,教育現場の主張がどのようなものなか把握で
きない参加者もいたため,「交渉すべき課題」が明確でないままの研 修になってしまった感が残った.時間の制限がもたらした問題ある が,記事を読む,身近な話題にするなどの講習上のプログラムを工
夫が考えられるかもしれない.
また,コミュニケーション技術における「リフレーミング」の寸 劇講習は,リアルな現場を経験している役人らの参加もあって,迫 力のある,印象深いトレーニングと言える.ただし,前半の理論を
十分理解せずに,その場の切り抜けテクニックとして学ぶのは危険 性が感じられた.たとえば,答弁側の答えに対して,周りにいた人 間から感じたことを,話し合うなど,事後評価や振り返りをプログ
ラム化することで,より深い理解を生むことができるかもしれない.
いずれにしても理論に基づき,体験的で対話的な学習のしかけを くみ上げることが実践されている点で学ぶことは多く,それに経験 的な改良の積み重ねが重要と感じた.
来年度は,研究委員会として,集めたいくつかのトレーニング要 素をくみ上げた試行プログラムの開発を進めたいと考えている.
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