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第1回:滋賀県立大学環境科学部 環境計画学科環境社会計画専攻 金谷健氏

「大学における『合意形成技法演習』の内容とその成果について」

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金谷氏は、滋賀県立大学環境科学部環境計画学科で「合意形成技法I・ 技法演習I」という授業を受け持っておられます。この演習を通して 学生が主体的に参画することにより合意形成に必要な何かを得ること ができるよう、様々な工夫をしていらっしゃいます。 今回は、「あくまで合意形成を支援するための技法です」という金 谷氏の注釈つきで、要素抽出技法(ブレーンストーミング、ブレーン ライティング)、代替案評価技法(衆目評価法、AHP法)、問題 構造化技法(ISM法)の5つの技法について、実際の授業内容の 紹介を通じてご説明をいただきました。
以下、そのお話の要約です。

1.授業の概要

授業は必修科目であり、40名前後の受講生が2コマ連続(3時間 程度)で演習を行う。授業の目的は「合意形成支援技法のいくつか について、理解し、ある程度使えるようになること」であり、この 「ある程度」とは具体的には「教科書の問題を解くレベルよりは上 であるが、現実の社会問題を即解決するには至らない程度」だと金 谷氏は言う。
1グループ4−5名のグループワークであるが、演習ごとにグルー プのメンバーが変更されるよう決め方を工夫している。そしてグルー プ発表の際には、各グループに他のグループの評価をさせるので、 自分のグループ発表が他のグループからどのように評価されている かを見ることができる。 以下、1年間の授業の流れに沿って、全 体13週の内容について紹介する。

2.技法の紹介

1)要素抽出技法+衆目評価法(1-3週)

●要素抽出技法(1週目)
 要素抽出とは、「参加者があるテーマについて関連する項目(要 素)やアイディアを出し合い、リストアップすること」である。 テーマ1「県立大学、こうしたらいい!」、テーマ2「環境社会計 画専攻、こうしたらいい!」、テーマ3「一人暮らし、こうしたら いい!」という3つのテーマについて、ブレーンストーミング(他 人の意見を批判しないことが前提で、いろいろなアイディアを自由 に出させる技法)を用いた場合、ブレーンライティング(アイディ アを各自が紙に書く技法)を用いた場合、何も技法を用いなかった 場合の3パターンについて、要素抽出結果の比較を行った。なお、 3つのテーマについて要素抽出の時間は10分ずつで、各グループは 全ての要素抽出方法を体験する。例えばAグループはテーマ1(工 夫せず)->テーマ2(ブレーンライティング)->テーマ3(ブレー ンストーミング)といった具合である。
 ある授業の結果では、要素抽出数はブレーンライティングを用い た場合が最も多く、次いでブレーンストーミングを用いた場合、何 も技法を用いなかった場合という順になった。この結果を踏まえて、 学生からは「ブレーンライティングは知識量に差があるときに、ま たブレーンストーミングは知識量が同じときに効果的なのでは?」、 「ブレーンライティングしてからブレーンストーミングしたら、よ り効果的なのでは?」といった意見があったそうである。この紹介 の後、金谷氏より、「学生間などでなくお互いを知らない関係なら、 技法を用いた場合とそうでない場合とではもっと差が大きくなるは ず」とのコメントがあった。

●衆目評価法(2,3週目)
 2,3週目は、1週目で抽出された要素を衆目評価法により評価 するという作業を行う。衆目評価法とは「抽出された多くの要素に ついて、各自が点数付けして、合計点の多い要素をその集団の『全 体としての意見』とみなす技法」である。
 まず、テーマごとに担当グループを決め、抽出された要素をKJ 法に基づいて分類し、パソコンに入力して評価シートを作成する。 それを全員に配布し、各要素について100点を配分(1点単位)した 「評価点」をつけるとともに「賛成」「反対」「その他」のいずれ かに1を記入する。受講生全員から評価シートを回収し、各要素ご との評価点及び賛成・反対・その他の人数を集計する。賛成が多く ても反対も多くては合意にならないことから、賛成が全体の3/4 以上を占める要素のうち、評価点上位10の要素を、提案ベスト10に 決定する運びとなる。
 この一連の作業を通じて、学生からは「たくさんの要素が、ベス ト10に集約されるのがおもしろい」、「いい加減な要素は上位には きていない」といったこの技法に対する評価の声が挙がる一方、 「1要素についての評価点の上限を設けるべき」、「作業の公平な 分担ができない」といった改善点も指摘されたそうである。この紹 介の後、金谷氏から「作業量の偏りもある程度は仕方がないが、こ れを解消するには、評価シートに記入してもらう人数を制限するし かない」とのコメントがあった。

2)AHP法(4-10週)

 AHP法とは「Analytic Hierarchy Process(階層化意志決定法)」 のことであり、選定問題(テーマ)と代替案の間に評価基準を設け、 意志決定の構造を階層化して考えるものである。評価基準のウエイ ト、評価基準への代替案のウエイトは「どちらがより重要か」とい う一対比較で決定する。これにより、例えば車を購入する場合の評 価基準となる「デザイン」や「乗り心地」といった貨幣換算が困難 なものも評価可能となる。一対比較の結果から評価基準それぞれに ついて相乗平均とウエイト及び整合度を算出し、これに基づいて総 合評価点の高い代替案が最も優れた案であると考える。
 その際に重要なことは、テーマを選定した理由(必然性)と合意 形成主体(合意形成する必要がある人)及び前提条件(評価基準の 中で動かせない条件)を明確にすることである。
 この技法のグループ演習は、まず「身近な問題」で理解を深めて から、意志決定の構造がより複雑な「環境問題」に移行するという 方法で行った。これらはいずれもテーマの選定から学生が行ったも ので、「身近な問題」については「国内旅行プランの選定」をテー マにしたグループ、また「環境問題」については「彦根市内の環境 配慮型スーパー選び」をテーマにしたグループの例が紹介され、解 説がなされた。
この演習で特に気をつけるべき点として、「実際の社会では、今こ こで何を決定すべきかという『選定問題』自体の合意形成が一番困 難なことが多く、その場合は1つ上のレベルに『選定問題』を変更 すべき」だと金谷氏は言う。例えば「廃棄物最終処分場の立地場所 を選定する」という選定問題が合意されるためには、処分場を建設 すること自体への合意が前提となるが、その合意がない場合には、 処分場の建設も選択肢の一つとして捉え、選定問題を「廃棄物処理 リサイクル方法の選定」などに変更することが必要となる。

3)ISM法(11-13週)

 問題の構造化技法の一つであるISM(Interpretive Structural Modeling)法は、問題構造の認識自体についての合意形成が必要に なってくる複雑な問題の場合に用いられる。
 まず、構造化の対象となる選定問題の設定を行い、次にブレーン ライティングなどでその選定問題に関する要素抽出を行う。そして 一対比較により、「要素iは要素jに影響を与える」という要素間の 関係行列を作成し、それを用いて各要素の要因と結果を示すレベル の決定を行い、それに基づいて構造グラフが導かれる、というのが ISM法の大きな流れである。
 自分たちが選定したテーマについて、そのテーマを選定した理由 (必然性)と合意形成主体(合意形成する必要がある人)を明確に しなければならないのはAHP法と同様である。そして要素抽出に 関しては、15個前後が望ましく、また選定問題自体も必ず要素に入 れること、とのアドバイスがあった。さらに関係行列をつくるため の一対比較の段階で、「特に影響あり」を2,「少し影響あり」を 1と段階評価しておくと、一対比較のやり直しが不要になるとも付 け加えられた。
 学生が発表したテーマの中から、「ISM結果で、テーマ要素が 構造化レベルのトップにならない例」、「ISM法の一対比較での 工夫例」、「ISM法での、うっかりミス例」として、それぞれ 「『笑い』とは何か?」、「トヨタが国内ナンバー1売上の理由」、 「なぜ強い??阪神タイガース」などが紹介された。
 学生の授業評価で「この授業は100点満点で何点か?」という問い に対しては、最低70点、最高95点、平均82点という結果になった。 また「この授業の良かった点、改善すべき点」に関して、「テーマ は同じにならない方がいい」という意見があったが、これに対し金 谷氏からは「テーマは同じでも認識構造は同じにはならないのでそ れはそれで価値がある」とのコメントがあった。

4)参考図書について

 これらの技法については、以下の図書を参考としている。
●竹村哲「問題解決の技法−合意形成のための支援化システム考−」
(海文堂出版、1999年)
 ・ブレーンストーミング、ブレーンライティング:
  15,16,20,21ページ
 ・衆目評価法:65−68ページ
●福田治郎、他「OR入門」(多賀出版、1989年)
 ・AHP:111−123ページ
●吉川和宏編「土木計画学演習」(森北出版、1985年)
 ・ISM:14−19ページ

3.質疑応答

1)合意形成技法について

●ブレーンストーミング・ブレーンライティング
(要素抽出技法の「工夫せず」とは?)ブレーンストーミングにお ける条件である「他の人の意見を批判しない」という意識なしに普 通に話すということ。3テーマについて演習をやったが、テーマや 慣れでも違ってくるので、一概に抽出結果の比較はできない。
(ブレーンストーミングとブレーンライティングを分ける意味は?) 実際はブレーンストーミングとブレーンライティングをうまく組み 合わせると有効であるが、授業では時間的制約もあり、同じ時間で どのぐらい要素が出るかをそれぞれ体験させるようにしている。 (ブレーンストーミングについて、進行役、ファシリテーターをつ けるような指示は?)特にしていないが、書記役はつけるよう指示 している。
(学生の集約作業を公平に分担するためには?)1グループずつや らせるか、評価シートの数を限定するかしかない。2段階で衆目評 価をする方法もあるが、時間的に無理。

●AHP
(AHP、ISMはいつ頃できた?)AHPは1970年代。ISMも おそらく同時期。
(AHPの適用事例については?)国内では、首都機能の移転候補 地選定に使われた例はあるが、私の専門分野である廃棄物管理に関 しては、廃棄物の立地選定などに使われた例はない。廃棄物処分場 などについての合意形成の先進的な事例は、長野で東工大の先生が 関わっている処分場の立地選定の問題。立地選定の前段で、まず、 処分場の必要性に対する合意形成の議論が非常に時間をかけてなさ れた事例は国内では珍しい。
(実際にAHPは代替案の選定に使える?)一応使えるが、実際は 評価基準に何を用いるかで、ある程度結論が決まってしまう面もあ るので、場合によっては評価基準の抽出方法を2段階、3段階にす る工夫も大切である。

●ISM
(要素リストをISMで抽出すれば?)要素抽出は15個前後がちょ うどいいという話をしたが、ブレーンライティングなどでもっとた くさん出しておいて、それをISMで構造化してある程度絞ってい くというのも一つの方法。授業では、できるだけたくさん出したも のをKJ法的に括り、要素として本当に必要かという議論を重ねて 不要なものを外し、15個程度に収めているというのが実情。
(できあがった構造グラフに対しグループ内で納得がいかない人が 出た場合は?)例えば、選定問題とは直接関係がなかったという要 素が出た場合など、現実的に職場などで用いる場面を想定すると、 それを更に議論するという作業が必要になってくると思う。
(ISMが合意形成にどう影響するか?)については、合意形成 をする前段として認識を共有するというレベルなので、合意形成の 支援を支援するという感じ。授業の優先順位としてはAHPや衆目 評価よりも後になる。

2)技法の選定・応用

(いろんな技法の中からこれらの技法を演習に選定した理由は?) AHPはデータ処理も手計算でできるし、普段やっている意志決定 の方法そのものなので、わかり易いと思ったから。代替案評価技法 をAHPで学び、KJ法は他の授業である程度やっていたので、そ れを用いて問題構造化技法としてISMも取り入れた。
(ワークショップの運営などのノウハウとしては?)なるべく多く の人から意見を出させるためにはブレーンストーミングやブレーン ライティングは有用。

3)合意形成

(授業の中で反対意見に対する合意形成としては?)AHPで一対 比較をするときに、相乗平均を出してグループの評価とする手法を 最後の手段としては使うが、本来的な意味の合意形成についてはこ れらの技法には内在されているわけではなく、合意形成の支援はで きるが完全ではない。
(公共事業のように住民の合意形成や利害関係の調整が困難な場合 の最適な支援技法については?)ここで紹介した技法の前の段階と して問題設定そのものについて、情報を公開しつつ時間をかけて行 うことが非常に重要。例えば環境問題などについてもAHPを2段 階の評価基準にして、上位基準については一般市民にアンケート等 を使って意見を聞き、次の段階の細かい基準については委員会など で議論するという方法もある。

4)技法と教育

(授業の説明は?)技法関係のプリントを全員に配布し、要点だけ を示したものでなく、配ったものと全く同じOHPをつくっている。 よく分からない段階で、まず例題をさせる。その次に練習問題を宿 題に出して、翌々週に間違いを簡単に解説しながら返している。I SMは難しく、宿題を完璧にできるのは多くて生徒全体40名の一 割以下。レベルを決定するところまではできるが、それを線で結び、 構造グラフにするのが難しい。
(まちづくりなど実務的なテーマについてロールプレイなどで議論 しては?)例えば温暖化の問題、ゴミの有料化など、エコ・ロール プレイということで、ディベートも含めて後期の合意形成技法II・ 技法演習IIの授業で行っている。この授業により仮想的な立場を用 いて議論を深めるという体験はできていると思う。

5)現場への適用

(一般市民対象に用いるにはISM、AHPは難しいのでは?)I SMは一般市民対象というよりも、職場等で用いる方がいい。AH Pは技法そのものに対する理解は難しくても、一対比較を用いるこ とによって評価については一般市民の方も充分理解できるが、難し い問題の場合は、1,2日で階層構造をつくることは困難。
(実際の現場への適用については?)これらの技法を使う側の人が 充分な認識と理解をもって行えば有効だと思う。

〔文責:土木技術者のための合意形成技術の教育方法に関する  研究会 開催支援事業担当:野田昭子/石川雄章〕

4.主催者所見 −徳島大学 山中英生

 大学で合意形成技法という題目を掲げている数少ない授業であり、 その試みの様子を大変わかりやすくプレゼンテーションしていただ けた。教育されている技法は、かなり古くから提案されてきたもので 決して目新しいものではない。また、聴衆の感想に垣間見られたよう に、現実の合意形成で「そのままの形」で用いることも難しい。しか し、集団的な合意形成が「問題の集団的な把握」「要素の構造の把握 と仮説の発見」「代替案の評価」というプロセスを必要とするという 流れを学習するために、まず、それぞれのプロセスについて、できる だけ論理的なしかけをもった技法を学ぶ。つまり、プロセスを進める 「論理」を体得する。という教育のあり方が、きわめて重要で、かつ 有効でないかと感じた。
 講演では説明が省かれていたが、あとで頂いた授業での配布資料に は、上記の問題解決のプロセスが竹村哲氏の著書から引用されて、最 初に学生に説明されている。このことを最初に聞いた学生は、たぶん あまり理解できないかもしれない。しかし、授業を通じて、個々の計 算の仕方が重要なのではなく、こうした技法と手続きを用いることで、 集団の合意を作り上げていくプロセスが重要だという感覚が体得でき ているように思われる。とすれば、それは成功と言えるように思うの である。
 むろん、これを現実のスキルとするには、現実問題や定型化されな い課題に対して、仮想的でもよいから実践を経験することが重要で、 その場を提供することも教育プログラムとして重要であろう。このた め、滋賀県立大学では、合意形成技法IIの授業で総合的な学習を実施 されているという。この内容については詳しく聞けなかったが、機会 を得られればと感じている。


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