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異分野PI交流ワークショップ:
第11回:川北秀人氏(IIHOE[人と組織と地球のための国際研究所]/NPOマネジメント誌発行人)
今井一氏(ジャーナリスト/住民投票立法フォーラム事務局長)
「PIとPI−パブリック・インボルブメントとパブリック・イニシアティブ(市民発議)をつなぐために」
第12回にあたる今回は、これまでのWS(ワークショップ)で提起さ れた論点の基調報告を踏まえ、市民発議の視点、NPOの視点を交えた社 会イシュー・課題解決への「議論の場」のマネジメントのあり方につい
て、ゲスト・スピーカーからの論点提起をいただき、20数名で包括的な 意見交換を行いました。このレポートでは、ゲスト・スピーカーのご経 験に基づき、提起された視点をクローズアップして報告させていただき
ます。
ゲストスピーカーからの課題提起:
【今井一氏
「住民投票という制度があれば参加が実現するわけではない」】
●ソ連・東欧崩壊で気づかされた「国民投票の価値」
今井さんは1980年以降社会主義圏の崩壊をソ連・東欧で取材される 中、「国民投票」での民意のうねりに出会い、日本での国民投票の可能 性を模索して来ています。現在はフリーランスのジャーナリストで「住
民投票立法フォーラム」事務局長。主な著書として「大事なことは国民 投票で決めよう!」(ダイヤモンド社)「住民投票Q&A」(岩波ブッ クレット)「住民投票−観客民主主義を超えて−」(岩波新書)等があ
ります。
大学で哲学を専攻、自由論をやり、卒業直後にポーランドへ渡ったの がジャーナリストを始めるきっかけだった。3度目のポーランド取材に 出かける直前に戒厳令が布かれたが、パリで偽の学生証を偽造してワル
シャワに入った(笑)。その後3回警察に拘束され、ベルリンの壁が崩 れるまでは、旧共産圏の国はどこにもいけなかった。89年に壁が崩れた わけだが、91年半ばまでは東ヨーロッパで実際に生活をしていた。まさ
しく新しい国をつくる現場にいた。ソ連でエリツィンが政権を取った際 には、絶大な権力を持ちつつ、頻繁に国民投票をかけていることに遭遇 した。「エリツィン大統領の任期を短くするか否か」、「社会主義から
資本主義へ移行することに賛成か否か」などの4項目の国民投票。投票 の結果が出て、ロシアの老人が言っていた。「自分は生まれてからこの かた、大事なことは党のお偉方と政府のお偉方が勝手に決めてきた。一
度もやりたいことについて聞かれたこともなかったし、彼らが失敗して も何の責任もとらなかった。今度はじめて自分たちに聞いてくれた。こ れが大切で嬉しい。だから結果はどっちでもいいのです」と。これを聞
き、なかなかいいものだと思い、日本で本を書いて紹介しようと思い立っ た。
●国民投票に注目してくれたのは大新聞ではなくカタログ雑誌だった
「国民投票なんて本だれも買わない」と朝日新聞の出版の方に言われ たが、偶然、調査室の若い方が「『通販生活』(という通販カタログ雑 誌)に国民投票の特集をやっていたよ」と知らせてくれた。「生活に近
い部分でこそ、こういう萌芽がうまれている」のだと気づき、自信を持っ て書き上げた。しかし出版直前になり予定されていた日経新聞から「原 発や安保は国民投票で決めるべきだ、というような本は社会秩序を損な
う」といった理由でボツ。結局、ダイヤモンド社から出した。出版から 2ヵ月後に新潟県巻町で住民投票条例が制定され、8月に実施され、私 の本が『天声人語』や『余録』にも取り上げられた。最近では、市町村
合併関連などで住民投票が急増している。一部の自治体では「永住外国 人」や「20歳未満」にも投票権を持たせる、など独自の住民投票条例 を制定している。
●大きな制度ハードルを越えていく住民自身の発議パワー
昨春、山形大学の小論文の試験で僕の本が抜粋され「筆者は、住民投 票を実施すれば必ず民主主義が実現するというのは、幻想でしかないと 記しているが、それはなぜか答えよ」という問題が出た。難問だ。自分
もすぐに答えられなかった(笑)。
とはいえ、やはり地域社会の重要な案件について「住民投票が実施で きる制度」を設けるべき。神戸空港の住民投票運動では、市民30万人 の署名を集めたが議会で否決され実現しなかった。徳島市でも吉野川河
動堰について有権者の49%の署名を集めたものの議会は否決した。4 3件連続否決という記録が残っている。
極論すれば、日本ではたとえ99%の署名を集めて直接請求しても、議 会がすべてを決める。
「真っ当な制度」がないとこういうことが起こる。「制度」というも のの重要性についてもっと考える必要がある。せっかくそのテーマにつ いて一生懸命学んで、「自分たちのことは自分たちで決めたい」と頑張
ったのに、制度上の障壁でだめになるとムーブメントが崩れていく。そ ういう意味で「制度がなければ本当の参加は果たせない」ということで ある。
●住民投票の条例制定への努力過程で学ぶ子供たち
滋賀県豊郷町の騒動を報道するメディアの中には「大人たちの混乱に 巻き込まれて、子供たちが可愛そうですね」といったコメントがテレビ や新聞で目立った。とんでもない認識だ。大変なお金と時間と労力を費
やしてがんばっている住民の姿は、子供たちにとって民主主義、住民自 治についての生きた教材になっており、大いに評価すべきだ。
【川北秀人氏 「P.Iからパブリック・コミットメントへ」】
川北さんは京都大学卒業後(株)リクルートに入社、国際採用・広報・ 営業支援などを担当し、91年に退職。国際青年交流NGOの代表や国会 議員の政策担当秘書などを務め、94年にIIHOE設立された。現在はNPO
や社会責任・貢献志向の企業のマネジメント支援や、環境コミュニケー ションの推進を支援していらっしゃいます。主著に『NPO大国アメリカ の市民・企業・行政』『市民組織運営の基礎』
などがあります。
●「パブリック・コミットメント」を提唱したい
今日の主催者は、社会的な課題の合意形成を推進するためにパブリッ ク・インボルブメントの重要性を提起されたNPOだそうです。
あえて、「なぜパブリック・コミットメントではないのか」という話 をしましょう。(笑)やはり「インボルブ」は受身、されるのを待つ、 お願いするという関係に映る。しかし、住民が問題意識を感じ、行政が
やってくれないと思ったら、自分たちでイニシアティブをとってはじめ ちゃった、という人が沢山いる。公共事業のような行政や議会が権限を 持つ領域だけから発想するから、かもしれない。パブリックを広くみて
いくとどうなるか。
●制度なき領域でのパブリック・コミットメントから
今でこそ社会起業家、ソーシャル・アントレプレナーという言葉が使 われるが、日本はそもそも市民起業家力が高い国だと思う。たとえば、 安全な食に対する関心が近年高まっているように見られるが、日本は実
は世界有数の有機農業大国だ。有吉佐和子さんの「複合汚染」が1970 年代半ばに出て、社会的認知が出てきていたが、当時から組織の形で有 機農業を広めようという人たちが活躍していた。代表的な人は加藤登紀
子さんのご主人の故藤本敏夫氏が創設した「大地を守る会」の有機農業 運動。日本では政府がまったく推進しなかったので、市民が自発的に担 ってきた。90年代には100万世帯、つまり40世帯に1世帯が、有機農産
物や減農薬の野菜を定期的に買って食べている、こんな国は世界に他に ない。これは、まず「自分たちで安全なものを食べたい」と思った消費 者が組織化して、最初は全部買い取り方式でやっていた。例えば「生活
クラブ生協」、これはロングライフ牛乳がいやだという母親たちの運動 から始まり、牛乳の共同購入を始めた。このモデルは世界中で「オルタ ーナティブ・マーケティング」(スーパー以外を通じた、代替的な食の
マーケティング)と呼ばれ、90年代に欧米でオーガニックがブームにな った時、真っ先にモデルになった。実際、私も90年代後半にオルター ナティブ・マーケティングの国際ワークショップに参加したが、「制度
がないというものが、こんなに自由にできるのか」と思う人たちも多か った。
●既存制度を疑うもの、制度の外で創るもの
住民発議には2つある。つまり「既存の制度を疑い、変えていくもの」 (=PI的)と、「制度がないから自分たちで創ってしまうもの」 (=PC的<コミットメント>)。
たとえば介護保険制度も、市民のボランティアの先行が参考になって いる。日本では、制度が不十分だったがために、気づいたときに動き出 す人もいる。しかも、それが仕組みを作ってきたという歴史がある。し
かし、日本で「制度、仕組み」というと、どうしても法律になって、行 政が予算をつけているというイメージがついてしまっている。ふだんN POの方々たちと話していて面白いのは「私たちにはエンパワーメント
いらないよね、力はあるから、行政機関・企業がNPOと本気で付き合う 気があるのか、相手が腹を据えないと難しい。」という発想すらがもう 生まれていることだ。
●制度の外から、社会に必要な制度や装置も出来る
これを制度に活かすこともできる。今年4月から施行される改正社会 福祉法には、地域福祉計画、つまり「市民が決めるはずの地域福祉を自 治体政策が担うなら、市民の参加は不可避である」という内容がある。
この方針を出した社会福祉審議会では、部会長の名前で「市民参加が形 式的なものであってはならない、ですから市民も行政も心してこの法律 を活用してください」という意見書が書かれている。たとえば実際のモ
デルケースで有名なのは、愛知県高浜市。小学生から80歳のおじいち ゃんまで、168人で総合的に検討した。住民をインボルブするだけで なくて、コミットメントを引き出す制度もできるのだということを知っ
てほしい。
●制度をつくっていく過程で実現できること
住民投票にかけられるイシューは、制度化されていないことも多い。 制度化されていないことが逆に、住民が「制度をつくっていく」過程で 巻き込まれていく、あるいは巻き込まれていく中でどう参画していくか、
のコンセンサスが得られていく。制度がない場合に、草の根で自分たち がやったことに意味が出てくる。
自分たちが何かやらなきゃいけないことがあり、A、Bの2つから選ぶ といったクローズドエンドの案を対象としているのか、それとも新規で 政策を考え、どういったものがいいのかオープンエンドなのかどうか、
などがPIとPCの対応の違いなのではないか。
●PIの難解な議論からだけでなく、ファシリテイターの実践力から
まちづくりに住民の意見を反映させたいということで住民に問うこ とも多いが、どうもノリがよくない。PIと難しい言葉は使うよりも、 実際は、行政がやっている出前講座にファシリテイターを入れることの
方が大切。どうしても行政、市民は「インボルブしてやる、される」と いう対極の構図になりがちだ。ファシリテイターは仲裁にはいって論点 を整理する。ただ深めるだけではなくて、意思決定のありかたについて
も、「場」を通して学んでもらおうという時代が来たのではないかと考 える。
【主催者所見】
司会のPI−Forum側(梅本嗣)からの過去11回のワーク ショップの総括分析と、今井、川北両氏からの基調コメントを 受け、約30名の間で、パブリック・インボルブメントの価値や
疑問、意識に関するボード・プレゼンを交え、多様な視点からの 意見交換がなされ、論点が浮上しました。
いずれも簡単に共有される解答や論点構造が整理できるものでは なく、まさに建設的な議論の拡散、知識・視野の交換がなされた ワークショップとなりました。
PIのあり方、関係者のコミットメントのあり方、制度や評価の あり方等・・・。
来年度、PI−Forumが研究、社会提起を目指すべき多くの 課題が浮かび上がった次第です。その内容については今春からの 2年目の活動の中で積極的に展開していこうと考えています。
〔文責:PI-Forum第2期ワークショッププロジェクト:梅本嗣/浅古尚子〕
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