異分野PI交流ワークショップ:
第3回:徳島大学工学部 山中英生教授
「参加型計画の仕掛けと専門性の役割について−PCM参加型計画手法の実践から−」
山中氏は、もともと土木が専攻であり、道路計画、特にコミュニティー道路のデザインの仕事をされる中で市民参加の仕事に関わるようになったそうです。今回は、棚田の保全とフェリーターミナルの再利用にPCM手法を使用した事例を紹介してくださいました。以下その要約です。
●PCM手法とは
PI(パブリック・インボルブメント)について、幅広い人々の貢献を促し、関心層を増やしていくことをいうことであり、特定の事業に賛成させるために巻き込むことではない、と考えている。そうしたPIのためにすべきこととしては、広報(情報の共有による関心の喚起)、協議(相談・意見の場の提供による多様な関与の促進)、参画(少人数での共同作業による集団意思決定)の3つがある。このうち、集団での意思決定をするための参画の仕組みの1つとして、PCM(Project Cycle Management)手法がある。PCMは、1990年にFASID(国際開発高等教育機構)が日本に導入し、JICA(国際協力事業団)が開発援助プロジェクトに使用している手法であり、様々なアイデアやコンフリクトを関係(参画)者の目前にさらし交換することを通し、論理的思考、集団的思考を促し、何らかのプロジェクトをまとめ上げるための仕掛けである。
PCM自体は、plan, do, seeのプロジェクト・サイクル・マネジメントを指すが、特に参加型計画(participatory planning)と評価が標準手法として開発されている。参加型計画は、分析段階として@関係者分析、 A問題分析、B目的分析、Cプロジェクト選択、立案段階としてDPDM (プロジェクト概要表)、E活動計画表の2段階6ステップから成り、ワークショップ形式で行われる。PCMワークショップの基本ルール(FASIDのPCMテキスト)によると、ワークショップでは、自分の考えをカードに記入して掲示板に張り(1枚に1アイディア)、系図を作っていく。その際、カードは無記名であること、議論の前にカードに記入すること、一般論や抽象論を避け具体的事項を記入することとされている。
●(紹介ケース1)棚田の保全戦略のためのPCMワークショップの実験
講演者(山中氏)は、平成12年1月8〜9日、徳島県上勝町における棚田保全というテーマでの、PCMを採用したワークショップを組織した。(参加者は初日14人、2日目8人)その事例を通じてPCMでの実践について説明がなされた。
@関係者分析では、関係者を抽出・分類し、次に詳細分析で、各関係者について項目整理した。一般論でなく具体的な議論を可能とするために、受益者と地域を特定することが特徴である。ここでは、ターゲット・グループを、樫原の棚田工作者と棚田ファンに特定した。
A問題分析では、参加者に、「中心問題は何か」について参加者にカードに記入してもらい、「このままでは棚田を保全することができない」という中核課題を導出した。その次に、問題の直接の原因は何かを議論し、さらに各原因について、その直接原因は何なのかを議論した。そして、そのことによる困った結果(直接結果)について挙げてもらい、問題の系図を作った。
B目的分析では、「中心目的」は何かを議論するが、中心問題を肯定的な言葉に変えて目的とした。目的は「保全可能な棚田が増える」とし、そのための直接手段をカードに記入した。その後、
Cプロジェクトの選択では、目的と手段のどこまでをプロジェクトとして行うのかを選択する作業を行った。その結果、「棚田耕作者のやりがいを増やそう」というプロジェクト目標を決定、
DPDM(プロジェクト概要表)を作成した。
PCMの特徴は、第一に、抽象論に陥らず具体的な議論を行えるように、ターゲットグループと地域の特定すること(ターゲット指向)。第二に、目的に必要であればどのような手段であっても選択肢に入れること(目的指向)。第三に、記入カードをボードに張っていく作業を通じた視覚化・論理化によって、集団の意思決定を促すことにある(参加型)。模造紙やカードを用いた作業は、壁面いっぱい(数メートル幅)に広がるものであり、カードの移動・変更等は、参加者の全員同意で行い,情報・知見の共有化を推進できる過程が存在した。
●(紹介ケース2)小松島港本港地区での実践から
平成11年、四国の玄関港として栄えていた(徳島県)小松島港の沈滞化に対し、活性化のための取り組みが開始された。まず、行政主導で検討委員会(行政、専門家、関係団体)、懇話会(行政、専門家、関係団体)、ワークショップ(市民、行政、専門家)が展開され、ワークショップは、「アの指とまれ」方式で参加者を県・市の広報、ビラ、商工会青年部等を通じ、県外の人も含めて幅広く募った。この市民参加ワークショップでは、様々なアイディアが出されたが現実的でなく、港湾計画(本港地区整備計画)にアイデアの方向性が採用されたものの、肝心のフェリーターミナルについては、「活性化すること」とされたのみで、実際にどう活用するかは積み残されたままで終わった。
そこで、その課題を解決すべく平成12年からPCM手法を取り入れたワークショップが開催され、さらに利用企画調整委員会を通じて、フェリーターミナルを実際に使うための提案を出すこととなった。
PCM手法を採り入れたワークショップでは、「フェリーターミナルの利用法が決まらないのはなぜか」を中心問題とし、それについて分析した。問題分析が必ずしも明快に整理できず、目的分析も議論のまとまりに欠いたことから、突破力のある人間が必要ということになり、「利用人材発掘アプローチ」が採択されるという結果となった。その後、検討の場は「利用企画調査委員会」に移り、PCMワークショップ参加者、漁協、行政関係者等が参加し、白紙からプロジェクト選択の検討がなされ、公共利用重視型、地域振興型、民間活力活用型の中から、公共利用型(会議室などの集会施設)と地域振興型(フリーマーケット等のイベント開催)のアプローチが決定された(ただ、この議論は泥沼化し一部の参加者は途中で議論の中心から退いていった)。そして、実施主体は NPOとして行うことに決定し、平成14年にNPO「港まちづくり Fantasy Harbor こまつしま」が設立されるに至り、具体的な進捗を見せている。
小松島港での参加型の特徴は、当初、どのような結果になるのかが全く見えなかったこと、議論の過程で当初行政課題であったフェリーターミナルの再利用が市民の課題に移り、NPOの設立により市民が自ら利用するという形になったこと、当初「この指とまれ」方式で参加者が集まったが様々な論議の中で活動的な人々の出入りが多かったことである。
PCMではターゲットと地域を特定し具体的な議論を行うため、通常期待される専門性(原因がわからない問題に対して原因を整理くれる者)と異なり、社会科学的な専門性(人と人をつなぐ機能を果たす者)が重要である。このケースではコーディネーター(枠組づくり)の役割を元請コンサルタント役割の財団が担い、ファシリテーターの役割を地元コンサルタントが担い、デザイナーの役割を外部から来たコンサルタントが担い、エディターの役割を大学人(山中教授自身)が担った。ただし、ストリーテラーの役割の担い手はいなかった。
●PCM手法を如何に活用するか
−ワークショップ参加者との議論から−
今回のワークショップでは、PCMへの参加者の範囲や、PCM手法が有効な局面等について、活発な議論がなされた。第1に、PCMへの参加者の範囲については、JICAの開発プロジェクトによると、ステイク・ホルダー全てを集めるべきとされている。また、参加者の範囲は段階によっても異なる。JICAの開発プロジェクトでは、まず地元の人だけで問題分析のワークショップを行った上で、JICA、政府機関、地元の意思決定者が集まってPDM(プロジェクト概要表)を作り上げるとされる。しかし、実際はこれは困難であり、広報や依頼により議論の趣旨に賛同して集まれる人を参加者とせざるを得なない場合が多い。
第2に、PCM手法の有効性については、「問題分析・目的分析の段階と、プロジェクト選択・PDM作成の段階とを区別して考えることができるのではないか」という議論が様々な観点から行われた。例えば、参加者は、前段階では分析者の立場で意見を言えるが、後段階では自分がプロジェクト実施にどこまで関われるかという主観的立場で意見を言わざるをえない、あるいは態度を明らかにして議論するのが現実的では、等の意見が出された。また、「客観的に行われる分析・問題共有のフェーズと、実際に行うプロジェクトを決定する合意形成のフェーズを区別した時、実はPCM手法は前者に適するが、後者はPCMと別の手法が有効ではないか」、との指摘があった。現実、小松島港の事例の場合、プロジェクト選択は実質的にはPCM手法を用いたワークショップでは行われず、その後の利用企画調査委員会で行われたという。ただ「参加型手法としてのPCMの意義は、問題分析で終わらず、PDMとして現れること自体の価値(達成感・満足感)にあり、問題分析・目的分析の段階とプロジェクト選択・PDM作成の段階を切り離せないはず」という指摘もあった。
関連して、PCM手法は公的目的のために利用されることによる特別の性格があるのかについても議論された。一方で「このPCM手法はまさに一般のビジネスコンサルティングでも用いられている手法である」という類似性指摘がある一方、「地域の問題に対応する場合には、むしろ問題共有のプロセス(手段)であることが大切であり、一般のビジネスにおける手法とは異なるはず」、との指摘もあった。
○ 主催者所見 (副理事長 城山英明)
今回は山中教授にPCM手法という具体的手法を利用した2つの実験事例についてお話いただきました。参加者との議論を通しても明らかになってきたことは、特定の手法には得意な課題と不得意な課題があるのではないかということです。PCM手法はコンフリクト状況を明らかにする問題分析段階には適しているがプロジェクト決定段階には必ずしも適していないのではないかという議論はその一例です。この点では、社会的合意形成に直接的に関与するのではなく、社会における隠れた意見の新たな集約を通してコンフリクトを明示化するという機能を持つコンセンサス会議とも共通する面があります。とはいえ、また、一定の問題を特定してその上で問題解決を目的とするPCM方式と問題自体の把握を目的とするコンセンサス会議は次元が違うようにも思えます。このように、どのような手法が、どのようなコンテクストにおいて有効なのかを具体的に示していくことは、今後PIに関する知識基盤を構築する上で重要な作業なように思われます。