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異分野PI交流ワークショップ:

第5回:(財)電力中央研究所・経済社会研究所 谷口武俊氏
「東海村におけるリスクコミュニケーション活動に向けて」

コメント:慶応大学大学院政策メディア研究科 鈴木達治郎教授
「原子力における合意形成とPI‐Forumの今後」

谷口氏は、原子力におけるリスクコミュニケーションについて東海村で実際に取り組まれているご経験を踏まえて、リスクコミュニケーションを行う上での問題点についてお話し下さいました。引き続き、PI-Forumのメンバーでもある鈴木氏に、海外の事例を参考にして、原子力における合意形成において重要なポイントをご指摘いただきました。以下その内容の要約です。

●「東海村におけるリスクコミュニケーション活動に向けて」(谷口氏)

〔JCO臨界事故と東海村住民への対応〕

平成11年9月の臨界事故の後、東海村住民は何を感じどうしているのか、見えてこない部分について、村役場と協力して調査を行った。平成11年12月1日から19日まで、住民アンケート調査を行ったほか、新聞に意見募集の折り込み広告を入れ、約80世帯の訪問調査を行った。調査に際しては村役場の職員に同行してもらい、谷口氏らが話を聞いた(大学生、大学院生なども動員した)。それまで、住民調査として被ばく線量等の科学的な調査はなされていたものの、住民の思いを聴いてくれる人が不在だったこともあり、この個別世帯訪問調査は、住民のいろいろな思いにしっかりと耳を傾けることが目的とされており、ひたすら聞くことで住民にも喜ばれた(3時間話を聞いた例もある)。その他、子供を持つ女性へのグループインタビュー、外国人居住者へのインタビューなどを行った。
聞き取り調査を通じてわかったことは、東海村が原子力依存の社会的背景を背負っているため、住民が当然持つ原子力の安全性についての認知的な不協和は、これまで、原子力は怖くないと「思い込む」ことにより、不協和を解消してきたが、事故によりリスクを目の当たりにしたことによって、不協和を解消できなくなっている現状であった。そこで、谷口氏は、原子力のリスクに正面から向き合う形で不協和を解消する必要があり、そのために、リスクコミュニケーションが重要であると感じたという。
調査結果は、平成12年2月に報告書としてまとめられ、村長に提出された(東海村住民調査支援グループ『東海村住民調査報告書―東海村の総合的原子力防災計画・まちづくりの策定に向けて―』2000年2月)。そして同年5月に、村長の諮問機関として、「東海村原子力安全対策懇談会」が設置され、そのなかで住民とのリスクコミュニケーションの重要性を指摘、その実施に向けての共通認識が形成され始めた。

〔東海村原子力安全対策懇談会(懇談会)の活動〕

懇談会メンバーは、座長に元茨城新聞副社長(元政治部記者)、学識経験者4名(茨大理工系および社会科学系教授、東大原子力工学系教授、谷口氏)、区長3名、公募で選ばれた主婦4名、企業・研究所OB3名で構成され、事務局は東海村原子力対策課が担った。懇談会は、住民の意見を尊重したいという村長の意欲により設置されたが、行政にそれを支援できる組織・能力が欠けていたこと、住民の意識を明らかにした上でそれに対応することを目的とする場から、事業者が説明する場に変容したこと等により、当初の目的どおりには機能しえなかった。また、村議会の原子力問題調査特別委員会と懇談会との差異がわからないという、懇談会不要論も登場した。
とは言うものの、平成12年3月27日にJNC(核燃料サイクル開発機構)が東海村に再処理施設の運転および使用済燃料受け入れを申し出、東海村が11月10日運転再開申入れを容認するにいたったプロセスでは、懇談会が一定の役割を担った。再処理施設の運転、使用済み核燃料の受け入れは知事の判断で行うことができるが、知事が「東海村の住民の意見を尊重する」としたため、懇談会で議論を行うこととなった。村長は懇談会での意見なども踏まえ、容認に際して次のような付帯事項を提示、それを受けて、次のような改善が行われた。(1)施設の老朽化、経年劣化と安全性への対応として、定期的に村への報告と立ち入り調査を認めた。(2)JNC東海事業所内の「安全専門委員会」に、再処理施設関係者以外のメンバーを入れるとともに、懇談会委員(住民代表)を外部委員として参加させ (その結果資料なども住民に理解できる言語が使用されるようになった)、安全専門委員会の審議状況が定期的に懇談会で報告されるようになった。(3)分かり易い情報の提供が行われるように、JNCのHP上で、再処理施設およびプルトニウム燃料センターの運転状況、処理・製造実績、トピックスについて、日報、週報で公開されるようになった。(4)地域とのリスクコミュニケーション構築のために、平成13年1月1日に、JNC東海事業所にリスクコミュニケーション研究班が発足した(班員8名)。

〔リスクコミュニケーション活動の停滞と新たな試み〕

しかし、リスクコミュニケーションは、なかなか進展していない。その原因としては、JNC、東海村役場双方に次のような要因が指摘できる。第1に、JNCの研究班メンバーはリスクコミュニケーションについてほぼ素人であるため、リスクコミュニケーションの理解に時間がかかり、不十分であった。住民の非言語的信号を読み取る能力が不足し、また、心理学や行動科学などの基礎的学習がないために場当たり的であり、フィールドでの情報をリスクコミュニケーションに結び付けていくという戦略的思考がなかった。さらに、JNC組織内で、既存の「地域交流課」や「広報」と何が違うのかを明確に示すことができず、組織内での評価が低く、組織の支援も得られなかった。第2に、東海村役場は損害賠償処理や原子力災害措置特別措置法などへの事後対応に追われ、住民が実感する具体的な施策を展開できなかった。また、リスクコミュニケーションについて、村はJNCに要求するのみで自らも行うという意識に欠けていた。
そのような状況の下では、具体的な対話に基づく小さな成功体験を持つことが重要である。谷口氏は、現在、その試みとして、C3研究(コミュニケーション、コミュニティー、コラボレーション)、すなわち、地域社会との具体的対話と協働のための社会実験を計画しているという。

〔原子力におけるリスクコミュニケーション〕−ワークショップ参加者との質疑応答から−

ワークショップでは、原子力分野におけるリスクコミュニケーションの特性、コミュニケーションの第一歩の重要性、懇談会の構成、研究者が現実に関与する場合の倫理等について活発な議論が行われた。
第1に、原子力分野におけるリスクコミュニケーションは、「リスク自体に関し、専門家間でも必ずしも共通理解がないのでは」との趣旨の指摘が行われた。谷口氏によれば、確かにそのような問題はあるが、現在はそれ以前の「伝える気があるかどうか」という段階であるという。原子力の分野では早くからリスクコミュニケーションの必要性が言われ続けていたのにもかかわらず、なかなか取り組まれてこなかった。そして、その背景には、リスク把握の困難性だけでなく、機敏に動けないという原子力の産業構造の特性があった。リスクコミュニケーションを行うとは、住民を含めた利害関係者の間で、当該リスク問題にかかわる関心事項や情報などを要求、提供、説明しあい、意見交換を行い、関係者全体が当該問題や行為に対して理解と信頼のレベルを相互にあげていくことである。したがって、合意形成が直接の目的ではない。原子力分野では必要性だけを主に述べてきたことへの反省として、原子力のもつネガティブな面(リスク)についても述べる必要があるとの指摘がなされてきた。そしてこれら併せて伝えることがリスクコミュニケーションであると思われてきた感じがする。 そして、その裏には光と影を伝えれば、原子力に対する理解は高まる、あるいは困難な状態にある活動が無事成功の方向に向かうのであれば、リスクコミュニケーションをやってもよいという認識が強く見られてきた(今も存在している)。しかし、リスクコミュニケーションは直接的に合意形成を保証するものではない、という上に述べた本来の考え方を示すと、とたんに動かなくなる。リスクコミュニケーションが信頼醸成に大きく寄与することがなかなか理解できず、目の前に見える成果でしか動けないという大きな問題がある。合意形成を目指したコンセンサス・ビルディングには状況に応じて多様な手法がある。しかし、これを成功に導くには、日頃からのリスクコミュニケーションを行い相互信頼と一定の情報共有、そして議論の仕方を習得していれば、ということだと谷口氏は考えている。
第2に、リスクコミュニケーション以前にコミュニケーションの第一歩を踏み出すことの重要性が議論された。谷口氏によると、原子力におけるリスクコミュニケーションについて東海村の問題は、事業者・行政・住民の誰もが対話や協調への「第一歩」を踏み出さない、発言できない環境にあり、コミュニケーション自体がなされていなかったことにある(事業者は地元を向いていない。行政・住民は事業者に何もいえない。)。したがって、第三者であるファシリテーターが間に入るコミュニケーションしかありえないのが現状だという。そして、「原子力の危険性について話せない」という文化を変えること、原子力の危険性について事業者に聞いたら答えてくれるという環境づくりが必要だという。これに関連し、「説明する側・される側双方にコミュニケーションのスキルが欠けている日本の現状」を指摘し、対話能力や会議のやり方などのスキルを学び、実体験を通じて身に付けることの重要性を指摘する意見が参加者から出された。
第3に、懇談会の構成に関しては、谷口氏は、メンバー構成が重要であり、特に、住民を入れること、原子力以外の専門家を加えることが必要だという。なお東海村の特徴として、原子力の仕事に関係している(いた)住民が多いことから、専門的知識に富んでいる住民が多く、平易な言葉から専門用語まで幅広い議論を行う必要があったという。また、懇談会に住民代表として参加した区長(3名)のネットワークは住民全体を網羅できておらず、ネットワーク外の住民の意見をどう吸い上げるか、如何に意見を言ってもらえるようになるかも課題であるとのことだった。
第4に、研究者が現実に関与する場合には単に「研究」というスタンスではすまされなくなり、コミットメント、踏み込むことが不可欠となり、倫理や責任が伴うのではないかという重要な問題提起がなされた。

●「原子力における合意形成とPI‐Forumの今後」(鈴木氏)

現在原子力は、合意形成という課題に直面しているが、達成できていない。その根本的理由を、鈴木教授は、「政策結論先にありきの合意形成プロセス」にあるという。
合意形成に向けた新たなアプローチとして、フィンランドのdecision in principleが紹介された。これは、明確な原則に基づいて決定するという意味である。原子力に関する意思決定は、事業者が行うものとされており、その上で、その事業者の決定が社会の公益に適しているのかを確認し合意するプロセスが設定されている。そこでは「誰の責任で行われている事業なのか」が明確にされ、事業者に事業の作成と説明責任がある(国が地元で説明することは無い)。実際の議論は「立地」であるから、自治体が「No」を言えばその立地はできない。したがって、事業者はいくつかの代替案を用意し、優先順位付けをし、なぜその土地がいいのかを説明しなければならない。日本のプロセスとは根本的に異なる。
このようなフィンランドの経験も参照すると、原子力における合意形成に向けて以下の点が重要となるという。(1)政策自体の変更可能性があること。(2)プロセスについての合意が形成されていること。(3)相互理解、相互信頼の達成。(4)コミュニケーションを確保した上での情報共有。
最後に、PI‐Forumだからこそできる役割としては以下の2つが提案された。(1)賛成・反対に2分されない第三者機関(中立)としての役割。(2)メディエーターとしての専門家の育成。
以上のような鈴木教授のコメントに続いて、ローカルなレベルでの立地の議論と国レベルでのマクロな政策議論との関係をいかにつなげていくべきか、中立的役割を担いうる専門家の重要性といった点について議論が行われた。特に中立的専門家の確保といった観点からは、専門家のマッピングを行うことの重要性が指摘された(アメリカでは既にNPOにより、分野ごとの略歴と発言がわかるような専門家のマッピングが行われているという)。


○ 主催者所見 (副理事長 城山英明)

原子力という分野は「合意形成」の必要性が国レベルにおいても、地域の立地レベルにおいても最も語られる分野である。しかし、今回の2人のスピーカーの最大のメッセージは、早急な結論=「合意形成」を直接目指すような試みは成功もしないし、適切ではないというものである。例えば、リスクコミュニケーションについても、人々は「合意形成」へ寄与するという条件付では賛成するが、直接寄与するものではないというと突如興味を失うという。そのような中で、第1に重要なのは、谷口氏は基本的なコミュニケーションであるという。住民は「不安」について語ることすら有形無形の制約の中で阻まれてきた。それらを解きほぐし、ひたすら話を聞くことを通して、信頼醸成については寄与できるという。第2に重要なのは、鈴木氏の言う社会的意思決定プロセスの明確化であろう。意思決定プロセスの透明化と責任の明確化により、結論はともかく具体的な行動を社会がとることが可能になる。では、社会におけるコミュニケーション能力と透明な意思決定プロセスの構築のためには何が必要なのか。 これには、今回のワークショップでも議論された社会における基礎的コミュニケーション能力に関する教育の強化から、中立的な専門家のプールとマッピングに至るまでにいたる様々なレベルの取り組みが必要とされよう。確かに、原子力という課題は重たいものであるが、取り組みについては身近なレベルからでも一歩一歩可能なものであるともいえるのである。
 

(文責:PI-Forum 異分野交流ワークショップ プロジェクトリーダー 城山英明)

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