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異分野PI交流ワークショップ:

第8回:矢嶋宏光氏 (PI-Forum理事/(財)計量計画研究所 都市政策研究室長)
「合意形成の場とファシリテーション −欧米に見る理論化と実践状況−」

矢嶋氏はPI(パブリック・インボルブメント)の海外理論・実践の 研究者であるとともに、道路計画・事業におけるPI計画に関わって 来ています。勤務先の(財)計量計画研究所・以下略称IBS)は、 コンピューターを使った都市計画のさきがけのコンサルティング財 団で、交通量予測などマクロの堅苦しい業務が中核ですが、旧建設 省道路局が合意形成等へ取り組む中で、PIに関する研究・実務も発 生して来たとのことです。

今回は、米国における「PIとワークショップとの摺りあい」の理 論・実践をファシリテイターの役割・機能という立場から把握する とともに、コミュニケーションのあり方を実践的に学び合うワーク ショップとして位置づけました。前回同様、“呼ばれたいあだ名” で呼び合いながら、いくつかのエクササイズを通してのワークショ ップでした。以下、どのような講義と実際のワークショップが行わ れたのかを要約します。

【1.PI(パブリック・インボルブメント) 〜概念・位置づけ/経緯】

●P.Iとは?〔用語解説〕

ここでは、『Public(パブリック)』を「市民+企業のこと」、広義 には「何らかの計画の主体となる団体以外の存在」を示すものとし て議論を進める。

『Involvement(インボルブメント)』とは「関与」のこと。 (行政など計画主体が)「からめとって都合のいいようにする」と いう意味とは全く違う。

=>PIは「合意形成(目的)」そのものを示すのではなく、「プロセ ス」を示している。

また、紛争解決(ADR)とは別の概念。「紛争にならないよう にどうすればいいのか」という予防的なものとして対比して捉えてほしい。

●参加型の政策立案プロセスとしてのPI

政策・計画を立案するプロセスには、発議して決定が行われる「決 定[法的]手続き」と、 代案などと比較していく「検討手続き」と、そこへの市民や企業の 「参加手続き」がある。この参加手続きがPIであり、ワークショ ップやニューズレターといった手法、そして委員会、CAC、TAC 等と称される体制がとられている。このようにPIは多様なパブリ ックが関与する参加型政策立案プロセスの手順として認識される 必要がある。

例)都市計画に関する施設の決定は、最終的に知事等の決定による ことが法律で決まっている。これをもし「住民参加で」としたら 「住民が決めるなんて」と省庁・自治体が反対する。しかしそうで はなく「検討するプロセスに“PをIしましょう”=参加手続きを 採りましょう」ということであり、その体制・手法を考えていくの が仕事としてのPIである。

●米国におけるPIの発展史

制度化は90年代に入ってからであるが、米国には「PIをしっか りやれ」という法律ができ、デュープロセスとして重要だと認識さ れている。また、PIは「まちづくり」など住民参画全般の一般総 称ではなく、都市計画の範囲に限定され活用されている。以前は 「PI的な手法がこじれて、裁判にでもなってしまうと時間もお金 もかかって大変だ」という認識だったが、PI的なプロジェクトの 結果がうまくいったため、その有用性が認められるようになってき た経緯がある。

「PI」と「市民の(政策)関わり合い」の関係性について、 IAP2という非政府機関(NGO)による「市民のかかわりの度合 い」の定義を紹介すると、 1)Inform[情報提供]:解決法や課題の理解を助ける情報を市  民に供与 2)Consult[協議] :市民からの反応を得て、それを分析や  解決法および意思決定にいかす 3)Involve[関与] :プロセスを通じて直接市民に働きかけ、  課題への一貫した理解と配慮を担保 4)Collaborate[協働]:計画立案から意思決定までの過程に、  市民がパートナーとして加わること 5)Empower[権限付与]:市民の手で意思決定まですること  といったように、段階的な市民のコミットメントが示されている  が、PIと呼べるのは、「協議、関与、協働」のレベルとして理  解してほしい。

日本にはコミットメントやデュープロセスが明示的にないので、ど の程度やればいいかが不明瞭である。本来の意味でのPIではなく、 「ご理解いただく」という姿勢での「説得」も多く、さながら“パ ブリック(P)インチキ(I)”ではないか、と言う人も多い。

【2.対話(コミュニケーション)の基礎理論】

●「交渉学」をルーツにして

市民とコミュニケーションをとっていくための理論が米国では発 達している。あまりに訴訟が多かった70年代の司法改革を契機に 研究された「交渉学」がルーツ。日本の労使交渉の技術も貴重な研 究材料であったと言われている。

●インタレスト・ベースド・コミュニケーション

「反対vs賛成」「A案かB案」ではなかなか解決を得にくく、痛み わけになったり、勝者と敗者を生む。上手なコミュニケーションを 通じて「本当の目的(インタレスト)は何か」を明確にしていくこ とで、WinWInの価値が築けることに着目。

例)机の上のオレンジが一個、仲良しの兄弟がいる。「半分にわけ る」「じゃんけんで勝負する」の二通りの分け方があるが、このや り方が本当にいいのか? このやり方は「Win−Loseシチュ エーション」という。そこにお母さんが来て「妹が欲しかったのは ジュース」「姉はジャムを作るために皮が欲しかった」ということ がわかり、互いにWinWinになれた。ここには、本当のニーズ を聞き出せたというプロセスがある。

●PIにおける重要視点の紹介

□「市民の意見」をことばの通り受け取っては駄目。「ポジショ ン(表明された意見)」とは、態度表明でしかない、という視点に 立ち、意見を言わしめた背景にある「インタレスト(利害と関心)」 を明らかにしていくことが必要。(表明された意見と利害・関心)

□利害・関心」は、3つに分けられる
1)実質的な利害・関心[Substantive Interests]:
例)環境影響、交通影響
2)プロセス上の利害・関心[Procedural Interests]:
例)進め方、決め方、体制
3)心理的な利害・関心[Psychological Interests]:
例)信頼、尊重、憎悪

□PIを通じて、影響、費用、安全性、移動性というものを考慮 しつつ、公共の利益を最大化する決定をする。

□イシューへのインタレストを持つ人を探すには、アウトリーチ をすべき。 聞きに“行く”ことが基本スタンス。「役所に公開されてい ます」では駄目。

■〔Exercise(1)〕

最近「あなたが困ったこと」の案件を出して、1)案件・関係者の 特定、主張整理を行い、2)関心の整理をした後、グループ発表を するというもの。4つの各グループのメンバーが困ったことを出し 合い、その何れかを選び、複雑な状況を整理していくエクサイサズ に取り組んだ。

あるグループでは「参加しているあるNPOの中で、新規事業をす るかしないかの決定が下せない」という課題に対し、1)誰がどの ような意見を表明しているのかを整理し、2)その意見の背景の関 心・利害を整理し 3)どこを改善すればいいのか を話し合った 結果、案件提起者も今まで、表面上はわからなかった「もし中心の 関係者間でもめごとが起きたら、このNPOは存続が危ういかもし れないから、表立って意見を収斂する雰囲気になれない」という推 論が浮き彫りになった。そこにはメンバーの個人間の信頼関係など も多大に影響しており、そこから改善していくことが望ましいとい う示唆がまとまった。

矢嶋氏からは、「この分析により、思ったことを構造化できる。ど れがプロセスでどれが感情かというのがわからない場合もあるが、 新規事業をするかしないかという話と、感情的なしがらみとを別に して考え、このNPOの究極のインタレストは何なのかを考えるべ き。」というコメントを頂いた。

【3.PIテクニック 〜ファシリテ−ションの使われ方】

●PIツール(−場の設定手法−)

アリゾナ州のP.Iガイドラインの風刺画(説明会の壇上の説明者が、 住民にパイを投げつけられている漫画)を象徴的に提示し、そうな らないための様々なツールの一部が紹介された。

◇オープンハウス:
期間を決めて、パネルなどから情報が得られるようにしてあり、 アンケート記入やスタ ッフとのコミュニケーションが取れる。

◇ショッピングセンターにパネルを置く:
 例)コミュニティの価値に対する意識調査をするために、シール を貼ってもらい、地域のインタレストを探る。

◇住民とのゲーム式ワークショップ:
例)道路整備で、どこに優先的に予算をつけるかを検討してもら い、ニーズを把握
⇒複数の地域グループで実施すると、結果が集中するところがあ ったり、地域によって特性があったりする。

●ファシリテーター

ファシリテーターの役目は、会議の企画管理運営、論点の整理、記 録および伝達。中立的立場から議論を整理する、つまりプロセスの 管理をすべきであって、内容には無関心であるべき。たとえて言う ならサッカーの審判。彼はルールと点数のみを管理し、どちらに点 数が入るかというところまでは管理しない。内容を操作しないこ と!!
⇒その意味で、今後ファシリテーターという仕事が増加し、信頼 を得るためには職業  倫理規定が必要である。

●再構築[Re-framing]

参加者の関心を見いだすために「枠組みを作り直す」こと。たとえ ば住民が表面的には感情的にしゃべったことを、論理だった言い方 で言い直すこと。ポイントは4つ。
1)気を楽にして、よく聞く
2)非生産的なことを排除する
3)関心をみつける
4)建設的な言い方に変える
5)それでよいか確認する

具体的には、「建設的、肯定的、ポジティブな言いかえ」をする。
 1)「してほしいのですね」  2)「が大事だということですね」  3)「を懸念しているということですね」 など

今回は、矢嶋氏とスタッフの水谷氏との間で、リアリティある実際 の厳しい会話例がまず 披露された。

例)リフレーミング発想を採らないありがちな会話
市民 「こんな道路、絶対反対なんですよ、こんな不景気なご時世に」
行政 「こちらとしては精一杯やっておりますが」
市民 「渋滞緩和が緩和できるなんてわからないでしょう」
行政 「本線ができれば20%渋滞削減が可能と言われております。あ のう、色々な方のご意見をききたいので、、、次の方。後日ご連絡差 し上げますので。」
市民 「後日って、ちょっといつ連絡してくれるんですか?」
行政 「後日ご連絡を、としか・・・」

例)リフレーミング発想に立った会話
市民 「こんな道路反対ですよ」
行政 「反対されていることはよくわかりました。その理由を教えてく ださい」
市民 「今ある環境が悪くなる。小学生の子供もいるんですよ」
行政 「生活環境の悪化と、子供の交通安全が課題ということですか?」
市民 「それを確かめるのがあなたたちでしょ」
行政 「では確かめさせていただきます」
(中略)
行政 「…影響評価と情報公開が問題だということですね。  他にもそこに懸念を持ってらっしゃる方いらっしゃりますか? (会場を見渡し、全体に視線を向ける)それぞれ担当者を連れて説明  させます、それでよろしいですか?」
市民 「わかりました」

ここでのポイントは4つ。
 Step1 心理的インタレストを受け入れる
 Step2 裏にあるインタレスト(理由)を聞く
 Step3 プロセス上のインタレストも理解
 Step4 ソリューションを導く

■[Exercise2]

ある公共事業が行われようとしており、市民側が会議で文句を言っ ている設定。文句の例を元に1)この文句の裏にあるインタレスト を書き出し2)返す言葉を考えてみる。

あるグループでは「あなた方は全然聞いてくれない、すでに決まっ ているのではないか、いずれにせよ、この事業を進めていくことは 明白だ。わざわざ会議に出席する意味はない。時間の無駄だ」とい う文句を以下のように分析し、答えた。
・聞いてくれない⇒聞く耳をもつアクション
・すでに決まっているのではないか⇒まだ決まっていない
・心理的な行政への不信感⇒それを打開するための今回のワークシ ョップだと示す
⇒「すでに決まっているのだろうか、ということですよね。こちら としては、皆さんの意見をぜひ反映させたいということで、集まっ ていただいております。」

矢嶋氏からは、「心理的なインタレストに着目したのは重要なこ と。」というコメントがあった。そのほかのグループも、行き詰ま りながらも文句に対するReframingを行い、その背景にある長年 の不信感や、実質的な利害について探る体験をすることができた。

【当日アンケートから】

・「利害が正反対に対抗する状態において、結論を求められる場での ファシリテーションは非常につらいことになるかも、と思った。」

・「“住民とは誰か”は重要な課題。道路を作るとき、沿線の住民だ けの意見でよいか、利用する地域住民や運送業者の意見をどう取り 込むべきか。また、地元説明会で意見の言えない主婦、老人、子供 の意見をどう取り込むのか。」

・「行政は全体の奉仕者なので、公益を優先して意思決定するが、 住民は“エゴ”による主張も多いので、全ての意見を反映するわけ にもいかない。また、一度決めた計画は財政や会計上の問題で容易 に変更できないという事情もある。」

・「プロセスを重視するだけ、そこでのP.Iを充実させることで不満 は解消されるものなのだろうか。」

・「P.Iが“意思決定者の痛みを和らげる”ために行われるようにな るには、行政の信頼感がないと厳しいと思う。」

・「ファシリテーションは「中立的立場」でというキーワードだが、 実際ワークショップの中で、中立的立場では建設的な意見を導き出す ことが難しい場合もある。これに対して、PIの定義が必要となって くるのではないか。」

・「対話の継続の難しさがある。文句を言い逃げする人、フリーラ イダーなど。議論の場を作れるかどうか(自体)が(最初の)勝負 だったりするのが現実。

・そもそもファシリテーションの必要を(行政側に)判ってもらう ためにはどうすべきかを考えてしまう。

・公共事業評価、アウトカム評価などにも、PIとの組み合わせを 考えねばならない。

・公的機関は去ることながら、学校の先生、教授にも身につけて欲 しい。このような発想のできる人材が育つことが市民のレベルアッ プにも繋がるのでは。

【意見交換の概要】

講義内容、エクササイズも踏まえて、ファシリテイターのあり方、 役割を中心に多くの議論が展開されました。

特に「ファシリテーターは内容を操作しない、影響を与えない」と いう矢嶋氏からの倫理規定に関する所見については、矢嶋氏の「米 国ではそれを遵守して、ようやく行政・民間(市民)双方から信頼 を受け、民間としてのそういう職業が確立された歴史がある。雇用 者との契約条項に中立であるというものを盛り込んでおくという ような努力も必要、中立であるからこそ、次の仕事がやってくる。 使う側も中立でないとだめである。」とのファシリテーター市場の 今後の市場論も含めての説明がなされた。

その一方で、実際の自治体やまちづくりの現場でのワークショップ のファシリテーション経験されている方々から、1)「何らかの重 要な決定を導出していくようなWSと、情報や視点の共有化を推進 するためのWSとでは自ずからファシリテイターの求められる役 割が異なり、中立性というものの意味・範囲も変わってくるはず」 との所見や、2)「ファシリテイターが結果に中立的であることと は前提としつつも、実際にはプロセスそのものが結果に影響を与え るかどうかとの検証も議論しなくては」、さらには広報専門家達か ら3)「“勝つ弁護士”、米国ではメジャーな職業である政官界での “メディア・コンサルタント”等との相違の認識のあり方等につい て、どう考えればいいのだろうか」等の発展的な課題が呈示され、 議論が展開された。

さらに実際のWS現場を想定しての基本的な問題として、 「WSの進め方によっては、2回目から来なくなるグループがある もの。主張が展開される意見だけを整理していくのでいいかどうか。 場合によってはファシリテイターが異なる立場や視点からの意見 を上手に誘導して拾い出すことも必要かもしれない。」との意見も 出され、「一度のワークショップで完結性を考えるのに無理がある。 上手くいかないなら、他の方法をやればよい。その際どういう人が いる、どういう関心があるかを常に考慮して、全体の方法を計画す ることも必要。またあらかじめの情報収集がファシリテイターには 重要。」などと議論は広がりを見せ、ネットワーク構造の分析論、 WSを通じた信頼関係構築へのステップ論、WSを通じての成果と しての「ソーシャルキャピタル」論にまで言及される議論となった。


【主催者所見】

今回までのWS論点を踏まえ、「中立性とは何か」(WSの設定さ れた場にふさわしい中立性のあり方)、「PIのPIこそが根幹に あり、プロセスの確認をしてもらうことが重要である一方、WSの 設定・各現場の中でグループの切り方の捉え方、説明責任、さらに はプロセスは決定とどう関与するのか、等」等、今後PIとファシ リテーターという仕事の市場が広がる中で、重要なテーマについて、 今後このWSシリーズの中で議論を続けていきたいと思います。

〔文責:PI-Forum第2期ワークショッププロジェクト:梅本嗣/浅古尚子〕

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